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科学と現実の狭間で健康について考える 【第1回】健康づくりはおおらかに

今村 裕行 長崎国際大学大学院 健康管理学研究科 特任教授

多くの人間が「健康」な暮らしを送ることを望んでいる。しかし、ここで言われている「健康」とは果たしてどのような状態を指すのか。本稿はこのような疑問から始まり、健康を維持するための要素を様々な観点から解説する。その際に重視されるのは、厳密に定義された健康観ではなく、我々の実感により近い「おおらか」な健康観だ。「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」という言葉のとおり、過剰な運動や減量はかえって健康を損ねてしまう恐れさえある。本稿を読むことで、偏りのある健康観は正され、飲食・運動の基準値を知ることができる。

第1回:健康づくりはおおらかに

近年、過食、運動不足、肥満、過労、喫煙、多量飲酒、さらには過度なストレスなど、日常の生活習慣に起因する生活習慣病が問題視され、私達の行動変容を促す健康教育が重視されるようになってきました。日常生活においても、新聞、雑誌、テレビ番組などで健康に関する情報があふれており、国民の関心の深さをうかがうことができます。しかしながら、信頼できない情報やまだまだ科学的に解明されていない情報が至極当然のように紹介されているのも事実です。本シリーズでは、健康について現在分かっていることについて私見も含めて検討してみたいと思います。

 

健康って何だろう?

誰もが「健康でありたい」と望んでいることでしょう。しかし仕事に追われて、あるいは時間がないといった理由で、健康のためには生きられないという人が多いのが現状ではないでしょうか(コロナ禍では別の話ですが)。また病気にならないと、あるいは若いうちは健康の有難さに気付かないのも確かでしょう。現在のところ「健康って何ですか?」と尋ねられると、健康について研究・指導している専門家の間でも意見が食い違うし、統一された見解はないのが現状です。

 

世界保健機関(WHO)の定義

最もよく知られている健康の定義は、WHOの「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態」というものです。この定義は各個人の健康を意味せず、各国で達成すべき目標としての国民の健康レベルを示したものです。しかし文字どおり捉えると、この定義には大きな問題点が残されています。

「病気でないとか、弱っていないということではなく」と限定してしまうと、現実的には、ほとんどの人が不健康となってしまう恐れがあります。特に病気を患っている人達や、障害を負った人達は不健康というレッテルを貼られてしまいます。病気を患っていたり障害を負っていたりしても、より健康になれるはずです。

WHOの定義の問題点は他にもあります。私は以前、厚生労働省によって「運動型健康増進センター第一号」に認定された健康増進センターで勤務していました。そのセンターはトレーニング施設と人間ドックを併設していました。センターを立ち上げて数年後、人間ドックを受診した四十歳以上の男性が一万人に達した時点で、コンピューターに入力されている健診データを調査しました。その結果を見て愕然としたのを今でも忘れることができません。全ての項目が「正常」と判定された受診者は、1万人中10人しかいなかったのです。

当時の人間ドックのデータにはWHOで定義されている「身体的」項目は含まれていましたが、「精神的」「社会的」項目は含まれていなかったのです。もし仕事場でのストレスや人間関係、さらには家庭環境などが詳細に調査されていれば、「正常」と判定されていた受診者はゼロだったかもしれません。

私は以後、この世の中に「身体的、精神的、社会的に良好な状態」な人は存在するのだろうか? という疑問を抱くようになりました。そして標準値からはずれる検査値が数項目みられても、仕事ができ、通常の生活が送れているのであれば、健康(健常者)であると考えることにしたのです。また病気を患っている人達や障害を負った人達は、それらが改善できれば、より健康になっていると捉えることにしたのです。WHOのように、この世に存在しそうもない完璧な健康を定義することよりも、より柔軟に捉えるほうが現実的だと考えるようになったのです。

現実離れした健康を追い求め、完璧な人間になろうとしても、かえって精神的に不健康になるような気がするのです。私は「健康づくりはおおらかに」実践すべきだと考えています。

 

文献

・今村裕行他:南大阪総合健診センターにおける健康開発増進部のあり方について.

臨床スポーツ医学, 7(7):849~853, 1990.

・今村裕行他:イラスト健康増進科学概論.東京教学社, 2008.

・健康の定義 | 公益社団法人 日本WHO協会

https://japan-who.or.jp/about/who-what/identification-health

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今村 裕行 長崎国際大学大学院 健康管理学研究科 特任教授 カリフォルニア州立大学イーストベイ校運動学体育科卒業、同学科大学院修士課程修了. 中村学園大学栄養科学部栄養科学科准教授. カリフォルニア州立大学イーストベイ校客員教授. 長崎国際大学健康管理学部健康栄養学科教授(運動生理学、スポーツ栄養学、スポーツ医学、健康管理論、実践栄養学)を経て現職. 同大学名誉教授、空手道部総監督. 博士(工学)