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農業会計の必要性と農業生産法人の発展【第3回】

田邉 正 (たなべ ただし) 松山東雲短期大学 准教授 桂 信太郎(かつら しんたろう) 高知県公立大学法人高知工科大学経済・マネジメント学群および大学院起業マネジメントコース 教授

日本では農業の担い手不足の問題が生じており、その打開策として、政府は農業経営の法人化を推進している。しかし、単に組合が法人化したものも少なくなく、農業経営の大規模化や効率化を前提にすれば、農業経営者の経営的資質が求められてくる。そこで、この連載では、農業経営者の会計的意識がいかに業績に反映されるのかを探る。さらに、農業生産法人が発展するにあたって、どのようなプロセスがあるのかを検討する。

第3回 「大規模農業経営者と小規模農業経営者の意識の隔たり」

農業経営の大規模化及び効率化を前提として、積極的に経営に携わる比較的若い農業経営者が、農産物の六次産業化及びブランド化に成功しています。一方、大多数の小規模農業経営者が存在します。そのほとんどは、高齢で担い手不足という状態が生じています。しかし、彼らが日本の農業を支えていると言っても過言ではありません。そこで、今回は、ヒアリング調査を踏まえて、大規模農業の事例と小規模農業者の意見について述べます。

 

メディア等に頻繁に採り上げられるカリスマ的な農業経営者である有限会社トップリバー代表取締役嶋崎秀樹氏、グリンリーフ株式会社代表取締役澤浦彰治氏、株式会社伊賀の里モクモク手づくりファーム代表取締役松尾尚之氏にヒアリング調査を試みました。彼らは独自の農業経営における考え方というものをもっており、その結果、大規模化、効率化、六次産業化、ブランド化に成功したと言えます。

 

まず、有限会社トップリバーは、レタス、サニーレタス、グリンリーフ等を生産・販売しており、売上高12億円という大規模な農業生産法人です。その代表取締役である嶋崎氏は株式会社ブルボンを退職し、妻の実家である佐久青果出荷組合に入社し、本格的に農業に携わることになりました。市場による農産物の価格相場は日々変動しており、収穫量の増減によって不安定な状況となります。そこで、価格相場に左右されないように、嶋崎氏は契約栽培及び産地直送販売を実施しました。農家で生産された農産物は、農業協同組合に持ち込まれて、卸売市場で競りにかけられます。これを青果卸売業者が買い付けて、スーパー、コンビニ、ファミリーレストラン、ファーストフード等に流通するわけですが、農業協同組合及び卸売市場を通さず契約販売であれば、価格相場の影響を受けることはありません。しかし、相場が高沸している場合、その差額を負担するリスクは生じることになります。この契約栽培及び産地直送販売は、トップリバーの大きな特徴と言えます。

 

嶋崎氏は、生産性を考慮せずに農産物を生産するだけの「農」ではなく、生産性を考慮して営利を追求した「農業」を実践しなければならないと述べています。サラリーマン時代に培った独自の考え方にもとづいて、嶋崎氏は営業力にウェイトを置いて農業経営を実践しています。嶋崎氏には、「100点+200点」理論という独自の考え方があります。より良い品質の農産物を目指して生産技術の向上を図り100点を目指すのは当然です。しかし、儲かる農業を実践するならば、農業技術だけでは不十分であり、営業力及び販売力に二倍の力を注ぐべきであり、営業及び販売のセクションをもち効果的及び効率的な販売方法を検討して、売り込みをかけ、契約交渉をしなければならないと力説しています。

 

そして、嶋崎氏は会計の学習経験は無く、会計及び経理については担当者に任せているということでした。しかし、ヒアリングのなかで、嶋崎氏は売上高だけではなく、利益率に着目しなければならなないと説明しています。嶋崎氏は、法人の数字に対しては慎重に向き合っており、売上高、利益率、キャッシュ・フロー、契約時の様々な数字等については必ず把握しているといいます。決して財務分析で計算される緻密な数値ではありませんが、数字を活かした経営をしていることは確かです。

 

次に、グリンリーフ株式会社は、有機こんにゃく芋、有機枝豆、有機ブルーベリー、有機コマツナ、有機ホウレンソウ等を生産・販売しており、グループ全体で売上高約30億円という農業生産法人です。高校卒業後、代表取締役である澤浦彰治氏が、畜産試験場の研修を経て実家を手伝い就農することになります。その後、1989年に、コンニャクの相場が大暴落し、そこで、自分で価格を決定して販売することを考え、澤浦氏は、コンニャク芋を加工してコンニャクを製造しました。すなわち、六次産業化のはしりといえます。そして、1992年に、無農薬栽培の野菜を直接販売することで、三人の仲間で野菜くらぶを設立しました。1994年には、グリンリーフを法人化して設立します。

 

グリンリーフを中心として、7社の関連会社が分業して役割を担っています。現在、野菜くらぶでは、野菜の袋詰め、契約販売先への出荷、農業技術の開発、新規就農支援等の役割を担っています。グリンリーフは、グループの中心となる会社ですが、コンニャク芋等の生産、コンニャク、漬物及び冷凍野菜の加工、WEBを活用した直接販売を担っています。サングレイスは、モスバーガーチェーンで使用するトマトを生産しており、四季彩は有機小松菜及び有機ほうれん草を生産しています。このように、それぞれの分業によって分社化して法人を展開していったことがわかります。

 

澤浦氏は、農業は価格競争に陥ったら破綻してしまうので、誰でも真似のできない価値競争をしなければならないと述べています。このことから、コンニャクの加工及びコンニャク芋の無農薬栽培も手掛けて成功します。澤浦氏は農産物には6つの価値があると述べています。6つの価値とは、生産物が有する機能価値、届け方の価値、栽培方法の価値、生産者の価値、加工による価値、組織の価値です。これらの価値に着目することで、一物高多価を創造することになり、価値競争が可能になるといいます。ただ、澤浦氏は、不良の農産物を活用して安易に六次産業化を試みて失敗している農業経営者が多いことを懸念しています。六次産業化を図ろうとすれば、その製品に適応した農産物を原料として、加工及び製造すべきです。したがって、不良の農産物を活用するのではなく、その製品に適応した農産物を開発しなければならないということです。これができてこそ、澤浦氏のいう価値競争になります。

 

澤浦氏は高校時代から複式簿記に興味があり、実家の手伝いをしながら経理も担当していました。グリンリーフにも経理担当者は配置していますが、澤浦氏も財務諸表等を必ず確認するといいます。特に貸借対照表に着目して、在庫の増減から金融機関の融資を決定していると説明していました。また、自己資本については、澤浦氏の独自の考え方があります。農業経営は現金商売でないことから、いつ現金を必要とするか予測がつきません。農産物の収穫まで何カ月もかかるため、現金化されるまでに時間を要することになります。そのため、自己資本は出来る限り手厚くすべきだと説明していました。

 

最後に、株式会社伊賀の里モクモク手づくりファームは、農場、農畜産加工場、農業公園、通信販売、ギフト販売、直営販売店舗、飲食店、貸農園を営業し、売上高約55億円という稀にみる大規模な農業生産法人です。モクモクは、三重県経済農業協同組合連合会の職員であった木村修氏及び吉田修氏が、地元の豚肉をブランド化できないかということから始まりました。そこから、六次産業化によるハムづくり、そして、ギフト用の商品としての直接販売というように発展していきます。さらに、グリーンツーリズムの発想で農業公園の構想を試みることになります。

 

ブランド化した豚肉を普通に販売すれば、一割から二割の付加価値だが、豚肉を加工して販売すれば、原料の豚肉の十倍の付加価値が付けられます。やはり、モクモクは六次産業化の先駆けであったといえます。また、「人が来れば、モノが売れる」ということから、再度、訪れたくなる場を創ろうと考え、農業又は農村を知ってもらうための体験施設である農業公園を開園します。例えば、ウィンナーづくり、パンづくり、イチゴ摘み等の体験型教室、牛及びポニー等の動物に直接触れ合うことができる学習牧場、クリスマスパーティー等が開催されています。ある意味、六次産業化をさらに発展させた農業経営だといえます。

 

木村氏及び吉田氏の「場所をつくれば、人は来てくれる」、「人が来れば、モノが売れる」という考え方がありました。モクモクでは、顧客を来客させて、お金を落とさせる工夫が様々な場所でなされています。さらに、豊かな生産物を活用して外食事業にも積極的に展開しています。この点については、トップリバー及びグリンリーフにはなかった発想であり、営業力及び販売力の必要性までで、そこからの発展はなかったように見受けられます。

 

松尾氏がいうには、吉田氏及び木村氏ともに会計的知識はあまり無かったと述べていました。しかし、木村氏については経済学部を卒業し、経営及び会計の知識も若干学習した経験があるのではないかと予想しています。高校卒業後、松尾氏は、三重県経済農業協同組合連合会の関連会社であるJAミートに就職しました。そして、モクモクを設立する際、木村氏から誘われて、松尾氏も入社することになります。当然、経営、会計、簿記を学習した経験はないと述べていました。松尾氏は、ハム及びウィンナーづくりのプロフェッショナルですが、代表取締役であり立派な農業経営者です。松尾氏は、会計的知識は農業経営者にとって必要不可欠であり、経理担当者が日常の会計処理は行うが、経営者として確認はしなければならないと述べています。そして、経理担当者から渡された財務諸表を理解しなければならないということから、それぞれ数字の意味を学習したということでした。

 

一方、小規模農業経営者にもヒアリングを試みました。ある程度高齢の農業経営者は、大規模化及び効率化ということは検討していないといいます。5年前に、私が初めて学会で報告したときに、「農業は、朝起きて、天候を見て、土を見て、風を感じるものだ」という指摘がありました。ある意味、農産物を生産するプロフェッショナルといえるでしょう。当然、六次産業化及びブランド化にも消極的な感じがします。また、後継ぎに関しても不安を抱いていました。ただ、セカンドライフとして農業を営む農業経営者は、少し意見が異なります。上場企業を定年退職したという経営者も数人いました。年齢を考慮すれば、彼らは農業経営の大規模化及び効率化には関心はないといいます。しかし、これからの日本の農業は、大規模化及び効率化がなければ、海外の安価な農産物に対抗することは出来ないといいます。また、彼らは六次産業化及びブランド化にも関心をもっていました。

 

しかし、小規模農業は経済的には無駄と捉えがちですが、この仕組みによって、高齢の農業従事者が生活していけるわけです。大規模経営のみの農業になれば、かなりの人数の高齢者が行き場がなくなることになります。したがって、大規模化及び効率化も必要ですが、一方で小規模農業も地域経済の観点から十分に意義があるものではないでしょうか。

 

最終回は、実地調査にもとづいて、「農業生産法人の発展におけるプロセス」というテーマで述べさせてもらいます。

 

【参考文献】
田邉正「農業生産法人における農業経営者の会計的意識 ‐代表的な二人の農業経営者に対するヒアリング調査を中心として‐」『常磐国際紀要』第21号 2017年
嶋崎秀樹『農業維新』竹書房 2013年
澤浦彰治『農業で利益を出し続ける7つのルール』ダイヤモンド社 2013年
木村修、吉田修、青山浩子『新しい農業の風はモクモクからやって来る』商業界 2011年

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田邉 正 (たなべ ただし) 松山東雲短期大学 准教授 愛媛大学法文学部卒業、駒澤大学大学院経営学研究科修士課程修了、駒澤大学大学院経営学研究科博士後期課程満期退学。高知県公立大学法人高知工科大学基盤工学研究科起業マネジメントコース博士後期課程修了、博士(学術)。長岡大学経済経営学部専任講師、常磐大学総合政策学部准教授を経て、2018年から現職。

担当科目は、税務会計、原価計算、簿記論、会計学、財務会計論、金融関係論など。現在は、農業会計に着目し、農業経営者による会計的意識の有無が如何に業績に反映されるのかを実地調査を踏まえて研究を行っている。

桂 信太郎(かつら しんたろう) 高知県公立大学法人高知工科大学経済・マネジメント学群および大学院起業マネジメントコース 教授 愛媛大学大学院博士後期課程修了、博士(学術)。短大教員、長岡大学経済経営学部准教授、高知工科大学准教授を経て、2016年から現職。

担当科目は、経営管理論、企業論、経営戦略論、地域活性化システム論、NPO論など。また、大学院では経営管理論、地域産業振興論などを担当。これまで、愛媛、高知、新潟に居住しながら、製造業(特に素材産業)における経営改善に関する調査研究および、地域と企業の関係や経営学の視点から、地域ビジネスや地域活性化に着目した調査研究を行ってきた。