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農業会計の必要性と農業生産法人の発展【第2回】

田邉 正 (たなべ ただし) 松山東雲短期大学 准教授 桂 信太郎(かつら しんたろう) 高知県公立大学法人高知工科大学経済・マネジメント学群および大学院起業マネジメントコース 教授

日本では農業の担い手不足の問題が生じており、その打開策として、政府は農業経営の法人化を推進している。しかし、単に組合が法人化したものも少なくなく、農業経営の大規模化や効率化を前提にすれば、農業経営者の経営的資質が求められてくる。そこで、この連載では、農業経営者の会計的意識がいかに業績に反映されるのかを探る。さらに、農業生産法人が発展するにあたって、どのようなプロセスがあるのかを検討する。

第2回 「農業経営者の実態と会計的意識の分析」

農業経営者のなかには、会計について「どんぶり勘定」でよいという考えをもつ方も少なくありません。しかし、農業経営の大規模化と効率化を図るためには、農業経営者にとって会計的な知識や意識は必要不可欠なものではないでしょうか。そこで、今回は、農業経営者の実態と会計的意識の分析を試みることにします。

 

2015年1月から4月にかけて、全国の農業生産法人を対象に、「農業生産法人における財務マネジメント認識に関するアンケート調査」を、アンケート調査票の郵送を通じて実施しました。アンケートの内容は、経営知識、財務への関心、財務状況、財務状況の予測、規模の拡大への積極性、六次産業化への関心の6つとなっています。アンケート調査票は219法人に郵送し、有効回答数は106法人でした。代表者の平均年齢は56.9歳であり、女性の代表者も僅かながら6名いました。農業就業者のうち約78%が60歳以上ということを考慮すれば、比較的若い代表者であることがわかります。そして、企業形態は、株式会社21法人、有限会社71法人、農事組合法人17法人であり、平均資本金は1,928万円となっていました。

 

農業経営を左右する要因として、大規模か否か、ビジネスとしての法人化か否か、経営者の年齢、農業従事期間または熟練度、経営者の経営的知識の有無、経営者の会計的知識の有無、会計担当者の有無、財務マネジメントの関心への有無があると予測されます。そこで、これらの要因のなかから、農業経営者の会計的知識の有無及び年齢によって経営者を6つに類型化してみました。農業経営者の類型化は、〔図表1〕のようになります。

 
〔図表1〕農業生産法人の経営者の類型化(著者作成)

Ⅰ型 Ⅱ型 Ⅲ型 Ⅳ型 Ⅴ型 Ⅵ型
年齢 ~44歳 ~44歳 45歳~64歳 45歳~64歳 65歳~ 65歳~
会計的知識 有り 無し 有り 無し 有り 無し
法人数 5(4.7%) 8(7.6%) 15(14.2%) 54(51.4%) 7(6.6%) 16(15.2%)

 

会計的知識と年齢による農業経営者の類型化から、経営知識、財務への関心、財務状況、財務状況の予測、規模の拡大への積極性、六次産業化について相違の意向があると予測しました。特に、Ⅰ型とⅢ型については、会計的知識を有していれば、必然的に経営的知識も有しており、農業をビジネスとして捉える農業経営者が多いことから、経営に対して積極的だと予測されます。一方、Ⅱ型は、どちらかといえば、生産のプロフェッショナル的志向が強いと考えられます。Ⅳ型は最も多いと予測されますが、法人の現状維持や安定を優先に考えるため、経営への積極性は弱いのではないでしょうか。そして、Ⅴ型とⅣ型は、熟練した経営者であるため、経営的に成熟していると予測しました。しかし、経営に関しては消極的と考えられます。上述したように、農業経営者の類型化による予測は、〔図表2〕のようになります。そして、アンケート調査の結果から、農業経営者の類型化による結果は、〔図表3〕のようになります。

 
〔図表2〕 農業経営者の類型化による予測(著者作成)

経営的知識 財務への関心 経営状況 財務状況の予測 規模の拡大 六次産業化
Ⅰ型 高い 高い 不安定 上昇 積極的 積極的
Ⅱ型 低い 低い 不安定 横這い 消極的 積極的
Ⅲ型 高い 高い 安定 上昇 積極的 積極的
Ⅳ型 低い 低い 現状維持 横這い 消極的 消極的
Ⅴ型 高い 低い 現状維持 横這い 消極的 積極的
Ⅵ型 低い 低い 現状維持 下降 消極的 消極的

 

〔図表3〕 農業経営者の類型化による結果(著者作成)

経営的知識 財務への関心 経営状況 財務状況の予測 規模の拡大 六次産業化
Ⅰ型 高い 低い 安定 上昇 積極的 積極的
Ⅱ型 低い 低い 現状維持 横這い 積極的 消極的
Ⅲ型 高い 高い 安定 横這い 積極的 積極的
Ⅳ型 低い 普通 現状維持 横這い 積極的 消極的
Ⅴ型 高い 高い 現状維持 横這い 積極的 積極的
Ⅵ型 低い 普通 安定 横這い 消極的 積極的

 

会計的知識と経営的知識は、相関性があるようです。ただ、実際に会計的知識を有していれば、財務への関心も必ず有しているというわけではありません。そして、年齢と経営状況が、財務への関心に関係しているようです。熟練した農業経営者は、会計的知識と経営的知識の必要性を感じて学習したと予測されます。この学習によって、彼らは財務への関心を有するようになったのではないでしょうか。また、農業経営者の会計的知識の有無は、農業経営者の主観的な経営状況と若干関係があるようです。若年層と中堅層では、会計的知識を有する農業経営者ほど経営状況も安定する傾向にあります。一方、高齢層は逆転しているようです。Ⅴ型は、現在の経営状況を慎重に判断し、これを利益に結びつけていると思われます。農業経営者の主観的な財務状況の予測は、Ⅰ型を除いて横這いと予想する農業経営者が多いようですが、やはり、Ⅰ型は若年層ということもあり、会計的知識と経営的知識を有していることから、勢いがあるのかもしれません。要は、攻めの農業経営をしているのでしょう。

 

そして、農業経営者は、大規模化については概ね積極的に考えているようです。これは担い手不足等の問題もあり、その打開策として、農業経営の法人化が早急に進められています。法人化によって、農業経営者の視野に規模の拡大ということが頭にちらつくでしょう。しかし、必ずしも法人化が成功しているとはいえません。六次産業化については、当初の予測どおりにはなりませんでしたが、農業経営者の会計的知識の有無と六次産業化の積極性は関係があるようです。若年層は経済的に余裕がなく、六次産業化を実現するには困難といえます。しかし、中堅層は経済的に実現可能な法人が多く、Ⅳ型よりもⅢ型の方が割合的に圧倒的に多いようです。また、高齢層は、熟練した経営者で経済的にも余裕があるため、さらなる法人の展開を視野に入れれば、生産物の六次産業化は必須なのかもしれません。

 

ここで、会計的意識とは、積極的な財務への関心を示します。会計的知識を有する農業経営者は、会計的意識が高いということはわかりました。これは当然のことでしょう。しかし、若年層は、比較的に会計的知識は有していますが、財務上の数字の関心や具体的な財務分析への関心は希薄なようです。このことは、会計的意識が低いと窺われます。代表に選ばれて年数が経過していないことから、生産物を生産することでいっぱいであり、そこまで意識が廻らないのかもしれません。一方、中堅層及び高齢層は代表に選ばれて年数が経過し、規模の拡大を図って、会計的知識や経営的知識を積極的に学習した結果、財務上の数字の関心や具体的な財務分析への関心を有したと考えられます。したがって、会計的意識が高くなっています。

 

農業経営者の会計的意識が高ければ、業績にいかに反映されるかということは重大なポイントとなっています。会計的知識を有する農業経営者は、会計的意識は高いが、高齢層の農業経営者は、年齢的な問題から会計的意識に関心が希薄であると予測しました。これにともなって、会計的意識の有無は関係なく、若年層の経営状況は不安定であり、会計的意識を有する中堅層のみが安定しており、それ以外は現状維持と考えました。すなわち、若年層と中堅層で会計的意識が高ければ、業績に反映されると予測しました。アンケート調査の結果から、会計的知識を有すれば、売上高が高くなるという相関性が明確になっていました。また、当期純利益も安定する傾向にあります。これは、会計的知識を有していれば、数字を読めるということから、会計的意識が必然的に働き、数字を考慮したうえでの経営を農業経営者が実行しているのではないでしょう。

 

第3回は、実地調査にもとづいて、「大規模農業経営者と小規模農業経営者の意識の隔たり」というテーマで述べさせてもらいます。

 

【参考文献】
田邉正「農業生産法人の発展における財務マネジメントの状況」常磐大学『常磐国際紀要』第20号 2016年。(実態調査の結果が詳細に示されています)

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田邉 正 (たなべ ただし) 松山東雲短期大学 准教授 愛媛大学法文学部卒業、駒澤大学大学院経営学研究科修士課程修了、駒澤大学大学院経営学研究科博士後期課程満期退学。高知県公立大学法人高知工科大学基盤工学研究科起業マネジメントコース博士後期課程修了、博士(学術)。長岡大学経済経営学部専任講師、常磐大学総合政策学部准教授を経て、2018年から現職。

担当科目は、税務会計、原価計算、簿記論、会計学、財務会計論、金融関係論など。現在は、農業会計に着目し、農業経営者による会計的意識の有無が如何に業績に反映されるのかを実地調査を踏まえて研究を行っている。

桂 信太郎(かつら しんたろう) 高知県公立大学法人高知工科大学経済・マネジメント学群および大学院起業マネジメントコース 教授 愛媛大学大学院博士後期課程修了、博士(学術)。短大教員、長岡大学経済経営学部准教授、高知工科大学准教授を経て、2016年から現職。

担当科目は、経営管理論、企業論、経営戦略論、地域活性化システム論、NPO論など。また、大学院では経営管理論、地域産業振興論などを担当。これまで、愛媛、高知、新潟に居住しながら、製造業(特に素材産業)における経営改善に関する調査研究および、地域と企業の関係や経営学の視点から、地域ビジネスや地域活性化に着目した調査研究を行ってきた。