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経済の大きな流れ ―問題点と将来の展望― 【第5回】貿易収支・赤字への転落

水谷 研治(みずたに けんじ) 名古屋大学 客員教授

日本経済は成長力を失くした。それでも大きな歪みはなく、国民は安寧を貪っている。身近な目先の問題を議論するだけで、国全体の将来を考えることが少ない。しかし、個人にとっても企業にとっても、国家経済の影響は大きい。日本経済の将来を展望し、対応を考えるシリーズ連載。

貿易収支・赤字への転落
 ―生産力の低下を反映―

 日本は長期間にわたり輸出大国として世界で認められてきた。
 
 貿易で生み出される黒字幅は大きく、大幅な貿易赤字を出す国との間で問題となり、輸出を自主的に制限したり、不必要な輸入を増やさせられる場合もあった。長い間、我が国にとって国際収支の問題は大きな黒字をいかに縮小するかの問題であった。
 
 国際収支にも変動要因がある。原油市場が高騰すると、輸入量が多い我が国への影響は大きい。年によって貿易収支が赤字になった。しかし原油の価格が下がると、再び黒字に戻った。しかし傾向としては黒字が縮小し、赤字に向かっている。
 
 我が国もかつては国際収支の赤字に悩まされていた。支払う外貨が不足するために輸入を抑える必要があり、自由に海外から買うことはできなかった。輸入を削減するために国内の景気を抑えることもあった。輸出が増えれば良いのであるが、それは簡単ではなかった。世界へ売ることができる物を作り出すことが難しかったからである。
 
 長年にわたる努力の結果、我が国でも良い商品が作れるようになった。それを国内だけではなく海外へも輸出するようになった。海外に販路を開拓した。大量生産によって企業は潤い、さらに品質を向上させていった。日本の製品が世界中に広まった。次々と新しく良い製品を作り出し、もはや海外から輸入しなければならない物が少なくなっていった。
 
 貿易収支は大幅な黒字になった。黒字が外貨として貯まってくる。それを海外へ投資などで運用すると、利子や配当などの果実が得られる。それが大きくなっていった。おかげで、それらを合わせた経常収支が大幅な黒字となっている。
 
 ところが貿易収支が赤字になると、経常収支の黒字幅が縮小してくる。そして傾向として赤字へ転落していくであろう。
 
 その背景には日本経済の生産力の陰りがある。企業は製品を安く作るために海外へ生産拠点を移してきた。長年にわたり大変な苦労をして海外での生産体制を確立し、海外で良い製品を作るようになってきた。
 
 生産する現地で販売するため日本からの輸出が減っていった。逆に日本へも安くて良い製品が提供され始めた。日本で作る必要がなくなった。日本の工場で閉鎖されるところが出てきた。
 
 物を生産するためには広範な体制が必要である。原材料に始まり、各種の部品の提供を受けなければならない。精密な工作機械も必須である。各所に熟練した専門家が必要である。物の生産を止めれば、それらが必要でなくなる。それぞれの分野で仕事が無くなり、培われた貴重な知恵が消滅する。
 
 必要な物も知恵も自由に手に入れて利用できたため、日本では高い品質のものを大量に生産することができた。その優位性が失われつつある。それは先進経済大国がたどる道である。我々もその途上にある。
 
 余程の努力を重ねなければ、この傾向を変えることは難しい。その結果として国際収支の赤字化と赤字幅の拡大が避けられない。過去に貯めこんだ膨大な対外純資産のおかげで、何年も大きな赤字を出し続けることができる。そのために根本から改革していく意欲が出てこない。日本が衰亡の道をたどる恐れがある。

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水谷 研治(みずたに けんじ) 名古屋大学 客員教授 1933 出生
1956 名古屋大学経済学部卒業
1989 経済学博士(名古屋大学)
1956 東海銀行入行
1960-62 経済企画庁へ出向
1964-65 NY CITI Bankへ出向
1974-83 清水 秋葉原 八重洲 ニューヨ-クの各支店長
1983-92 調査部長
1993 東海銀行専務取締役退任
1993-99 東海総合研究所 理事長 社長 会長
1999-2008 中京大学教授
2012- 名古屋大学客員教授