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介護予防の課題と「地域づくり」を目指す社会理論【第1回】―介護保険制度と介護予防―

関本 克良(せきもと かつよし) 天理大学総合教育研究センター 准教授

介護保険制度改革の鍵は「介護予防」である。日本の抱えている最大の問題は、介護保険サービスや病院以外に、地域社会に「通いの場」がないことだ。地域社会で社会関係の創出と維持が必要だが、金銭を介したサービス利用では互助的な社会関係の創出、つまり「地域づくり」は難しい。中国伝統思想から現代中国・台湾の「地域づくり」の制度政策を視点として、社会関係を創出・発展していく「地域づくり」のための社会理論を再考するシリーズ連載。

ひっ迫する介護保険財政と保険料負担

介護保険制度は制度開始の2000年から20年目を迎える。団塊の世代と呼ばれる、1940年代後半に生まれた世代が75歳(後期高齢者)を迎える2025年を一つの目処として制度改正が進められている。介護保険制度のこの20年間の変化と2025年までの予測をみると以下の表になる。

出典:厚生労働省・総務省・経済産業省ホームページより筆者作成。
 
2025年までに、75歳以上の人口が400万人(2017年比)余り増加し、要介護・要支援認定者も200万人(2015年比)近く増加することに比例して、介護給付費も10兆円(2017年比)から21兆円と、大幅に増加することが予想されている。税金と保険料で半分ずつ負担している介護保険財政は、税負担の増加と共に、保険料負担(64歳以下と65歳以上で負担割合が異なる)も大きく増大していく。この推移をみても2025年に向けて、特に財政面での厳しい状況がうかがえる。要介護・要支援認定者が今後急激に増大し、2030年に900万人を突破すると予想されている(経済産業省「将来の介護需要に対する高齢者ケアシステムに関する研究会報告書」)。
 
現状の介護保険制度が抱える問題は、増加していく要介護・要支援認定者を支えていく全ての介護サービスを、制度上の有償介護で賄っていくことには限界があるということである。必要なサービスは提供されなければならないが、その上で、有償介護サービスを利用しなくても、自立した地域生活が持続できるような方向性とそのための制度設計を、早急に検討しなければならない。当然、厚生労働省もこの必要性を認識して2005年の制度改正から「介護予防」を実施してきたが、想定したような介護予防サービスが十分に発展してきたとは言えない。その原因をまず分析しよう。
 

生活の一部になっていく介護サービスと「介護予防」

介護サービスは既に「生活の一部」になっている世帯が多い。こうした世帯にとって生活の一部である介護サービスの利用を減らしていくという意味での「介護予防」はとても困難に感じられるだろう。
 
要介護4の当事者は歩行、入浴、排泄、衣類着脱などの生活のほぼ全ての面で全介助が必要で、また食事でも部分的な見守りや介助が必要な状態である。家族の介護負担は相当なもので、家族だけで支えていくのは、家族の自立した地域生活を大幅に制限することになり、ほぼ不可能である。介護する家族にも個人的な社会参加や余暇、また買い物や諸手続きなどの外出が必要な作業、また時には外泊する用事もあるからだ。一週間に3回の通所サービス(デイサービス、デイケア)と月に数回の短期入所サービス(ショートステイ)を利用することは、本人と家族の地域生活を維持する上で必要不可欠になっている。
 
本来なら、通所型や訪問型のリハビリサービスを利用して、更に本人が努力することによって、要介護状態を改善し、要介護3や要介護2に、更には介護サービスを必要としないような状態に回復することが望ましい。しかし、既に生活の一部になってしまっている週3回の通所サービスが減ってしまうことは、本人もそうだが介護している家族にとっても負担が増えるような印象が強い。できれば現状のままか、さらに介護サービスが利用できたほうが日常生活は楽になるのである。高齢になればなるほど身体機能は自然と衰えていくものであり、本人と家族の自立生活への強い意志などの要因がない限り、要介護度を下げるために努力する動機はあまり見つからない。
 
よって、鍵になるのは要介護状態が軽度である要支援1・2の状態から、これ以上悪化させないこと、更には状態を改善して自立生活に復帰できるように支援することである。そして、2015年度(自治体によっては2017年度まで実施を猶予)から大きく変わったことは、居宅介護サービスに関していえば、基本的に要支援1・2の認定者は介護保険が提供するサービスではなく、市町村が独自に実施する「介護予防・日常生活支援総合事業(以下、総合事業)」によってサービスが提供され、最終的には一般高齢者と共に、地域住民が運営する「通いの場」などの「一般介護予防事業」に参加し、社会参加を促していくという大方針である。
 

介護予防と介護保険との微妙な関係

介護予防サービスは、確かに介護保険サービスの一環であるが、最終的な目標は介護保険サービスを利用しないでも地域生活が維持できるように状態を改善することである。しかし、従来の介護保険制度のケアマネジメント手法は、利用者と介護保険サービスとを繋げることを主な役割としており、例えば住民運営型の社会参加活動を介護計画に含めようとしても、介護保険制度がその実施を確保することができない上に、住民運営型の活動に対して介護保険から報酬が支払われることもない。そのような住民主体・住民運営型の「高齢者サロン」などの「通いの場」への参加を支援計画に含めたケアプランを策定することは、従来ほとんど行われてこなかった。『地域福祉実践の社会理論』の著者である山本馨によると、介護保険制度は「個人から福祉ニーズを抽出し、より多くの要介護者の福祉ニーズを満たす最大公約数的な類型化された介護保険サービスと接続すること」であると述べている。つまり、従来の介護保険制度は介護保険サービスを増大させることはあっても、介護予防に向かう制度設計ができていなかったのである。
 
しかし、2015年度から介護予防サービスが本格的に取り組まれる中で、介護予防ケアマネジメントという手法が登場する。この手法で作成する介護予防支援計画書の内容を、奈良県生駒市の先進事例から見てみよう。介護予防のための支援計画では、アセスメント領域で「活動(運動・移動)」「日常生活(家庭生活)」「社会参加・対人関係(コミュニケーション)」「健康管理」についての「本人・家族の意欲・意向」と将来の「目標」が評価され、それに対する支援計画の項目には、介護保険と関連する「総合事業のサービス」以外に「本人のセルフケアや家族の支援・インフォーマルサービス」なども含まれている。
 
介護保険サービスの類型にはない、様々な社会資源を動員して支援計画を策定していく介護予防ケアマネジメントでは、支援計画の内容はフォーマル・インフォーマルなサービスを含めて制度横断的で、なおかつ自立生活に向けた目標を達成する短期的な結果を出していく意味で、より高度な福祉援助技術を要すると言えるだろう。
 
ただし介護予防事業の良し悪しは各市町村の力量にかかっていると言っても過言ではない。介護予防の財源は、介護保険制度から直接市町村の財源に組み込まれるようになっており、国は市町村に独自の介護予防事業を実施するよう促しているからだ。生駒市のように介護予防事業で実績を上げている自治体は少なく、従来と同じ介護保険サービスを提供して、介護報酬だけを市町村から支払っているという自治体が多く見られるのが実情である。

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関本 克良(せきもと かつよし) 天理大学総合教育研究センター 准教授 中国の社会福祉、特に「地域づくり(社区発展、Community Development)」を専門に研究しながら、日本の介護保険制度の課題と、介護予防を目指した実践的研究を行っている。できるなら介護を受けずに健康的で豊かな地域生活を維持したい。そのために必要な「地域づくり」を実現する社会理論と制度・政策が研究テーマである。中国研究学士(天理大学)、法学修士(神戸大学)、学術博士(神戸大学)、天理大学総合教育研究センター准教授。