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香りによる地方創生―維新の香りを全国へ―【第2回】

赤壁 善彦 (あかかべ よしひこ) 山口大学大学院創成科学研究科 教授

“香り”は目には見えないが、私たちの普段の生活の中で重要な意味を持つ。今回の連載では、香りの面白さや不思議さに魅了され、研究を続けてきた筆者が、地元の人たちとのふとした会話などから新しい食材や商品の開発につながった瞬間や、その後の展開を紹介。香りの秘めた力と、香りを要にした地方創生について論じる。

第2回 「香りに注目した食材開発―柑味鮎(かんみあゆ)―」

前回は、「ニオイ(香り)の面白さ、不思議さ」について述べました。次は、香りに注目した食材や商品の開発と、その後の展開を紹介したいと思います。研究には、基礎的な内容とその応用があります。地元の企業の方とのふとした会話の中から生まれる研究テーマもあります。今回は、香りの基礎研究を応用し、地元の課題を融合して一挙に解決した成功例として、「柑味鮎(かんみあゆ)」の開発を紹介します。

 

鮎は、川と海を回遊する一年で生涯を終える魚です。成魚は川で生活しますが、9月頃に河口へ下り、産卵します。孵化後河口域で成育し、4~5月頃、稚魚は川を遡上します。遡上した後は、その場所の石に生えたケイ藻類を主食とします。鮎は、“香魚(こうぎょ)、キュウリ魚”ともいわれますが、その餌を由来とする独特の香りが体表面から発し、「キュウリ様」「スイカ様」と表現されるためです。よって、育つ河川が違えば餌も違うことから、その鮎自体の香りが異なり、天然鮎の価値に影響を及ぼします。ところが、一般に、海魚と比べ川魚には“特有の生臭さ”があると言われ、鮎も同様のイメージがあります。

 

私は、鮎の香りに興味を持ち、山口県内の河川の違いによる鮎の香りの比較を2010年に行っていました。その関係で、地元の漁業協同組合の方との雑談中、一般に言われている川魚特有の生臭さのイメージを解消し、消費者から鮎を含む川魚離れをくい止める手立てはないものかとの声が聞かれました。私は、養殖鮎に関しては生産方法に検討の余地があり、餌によって体表から放出される香りが異なり得る鮎自体、大変興味深い食材と考えていました。

 

一方、山口県は、「萩のナツミカン」が全国的にも有名で、オリジナルの柑橘品種も数多く誕生しています。柑橘の香りは、すべて同じように思うかもしれませんが、品種によって異なります。私は、山口県のオリジナル柑橘品種の香り成分の分析を行い、品種間で比較してその分類を試みています。この研究の最中、柑橘を絞ってジュースを加工する際、果皮残渣は、産業廃棄物として処分されていることを知りました。果皮には香り成分や機能性の物質も豊富に含まれているため、廃棄するのは“もったいない”と考えました。

 

われわれ日本人は焼き魚を食べる時、魚特有のニオイ(生臭さなど)をさっぱりした風味にするために、柑橘を搾る習慣があります。ということは、そもそも魚の飼料に柑橘を配合すれば、魚特有の生臭さの低減、さらには風味自体を改善できるのではないかと考えました。そこで、私と漁業協同組合との間で平成22年度に研究を開始しました。柑橘の果皮残渣を飼料として利用し、試験的に育てた鮎を生(背ゴシ)や塩焼きで食したところ、生臭さが一切なく、しかも柑橘の風味がすることがわかり、非常に驚きました。

 

さらに、試食アンケートを実施し、この開発した鮎と通常の養殖鮎を、背ゴシ、塩焼きで食べ比べて風味について評価を行いました。その結果、背ゴシ、塩焼きのいずれにおいても、通常の養殖鮎と比較して、「爽やか」「柑橘を搾ったようだ」「酸っぱい」という感想で、高い評価を得ました。アンケート結果より、当初は生臭さの低減が目的でしたが、生臭さどころか柑橘の風味がしっかりして、誰もがその風味を知覚できることが分かりました。また、川魚が苦手という参加者も、この鮎なら食べられるとの回答を得、川魚離れを食い止めるきっかけになるに違いないと確信しました。

 

そこで、この開発した鮎を柑橘の風味のする鮎という意味で、「柑味鮎(かんみあゆ)」と命名し、同年に商標登録しました。「柑味鮎」、 天然鮎、通常の養殖鮎およびその背ゴシの香りを測定したところ、鮎の体表面からでなく、内部の身の部分から柑橘の香りが放出されていることが分かりました。また、香りの強さを調べてみると、天然鮎の特徴的な香りは体表面から発せられ、身の部分の香りが弱いのに対して、「柑味鮎」は塩焼きや背ゴシを口に含んで咀嚼する際に、初めて柑橘の香りが身の内部から放出され、柑橘を絞ったような、ポン酢をかけたような感覚になることが明らかとなりました。「なんだ、そんなの当たり前ではないか!」、と思われるかもしれませんが、研究というのはやってみないと分からないもので、予想(仮説)が実証された時は、研究者にとっての最大の喜びなのです。

 

「柑味鮎」の開発に成功しましたが、その後の取り組みが大事であると認識し、有効な広報活動を考えました。そして、「柑味鮎」のブランド化と認知度を高めるために、2012年より、6月の第一日曜日を「あゆの日」と定め、毎年「あゆの日まつり」を開催することにしました(今年で7年目になります)。毎年、県内外から800~1,000名くらいの方におまつりに参加していただいています。この活動は地域連携の良い例として度々取材を受け、「柑味鮎」は山口県や山口市よりブランド鮎として認められました。なお、私の研究室の学生は、地域連携の活動の一環としておまつりの運営に参加しています。2014年度より山口大学も後援となり、大学のマスコットキャラクター“ヤマミィ”も毎年おまつりを盛り上げています。

 

また、2012年8月に、「柑味鮎」の塩焼きと小鮎の唐揚げ品が完成し、県内のJR駅構内、空港の売店、デパートなどで販売されているほか、ネットでの購入も可能になりました。2015年度より全国的に流通し、東京のホテルなどでも「柑味鮎」が夏の定番メニューの一品として提供されています。山口県内においても、イベントやパーティーなどで「柑味鮎」のメニューが提供され、「柑味鮎」の特別会席と日本酒の宴が定期的に開催されています。生産量は開始時より徐々に増やし、2018年度は成魚として7万尾、小鮎として10万尾を生産計画しました。また、鮎は低脂肪、高タンパクの食材で、柑橘の香りは食欲増進の効果があるため、夏バテ防止の食材として奨励され、山口の地元テレビなどで毎年紹介されています。今後も、天然鮎、養殖鮎とは異なる、嗜好性を高めた「第三の鮎」として、「柑味鮎」を山口県のブランド鮎として全国的に広めていきます。

 

以上、われわれの香りの研究の応用は、機能性や嗜好性のある商品価値の高い様々な農水畜産物の生産開発の可能性を秘めており、今回の「柑味鮎」の例によって、香りに注目した新食材開発は地域創生を牽引するアイテムの一つになると確信しました。次週は、香りに注目した商品開発として、「山口大学スイーツ」「山口餃子」を紹介します。

 

註)一般に、「柑味鮎」は「フルーツ魚」として分類されていますが、ブリ、カンパチ、ヒラメ、マダイなど海洋魚が多い中で、淡水魚は「柑味鮎」のみです。

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赤壁 善彦 (あかかべ よしひこ) 山口大学大学院創成科学研究科 教授 1994年、岡山理科大学大学院理学研究科博士課程材質理学専攻修了(博士理学)。
東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻退学後、山口大学農学部助手として採用。同助教授、准教授、教授を経て、2017年より現職。

専門は、香料化学、有機化学、天然物有機化学。主な研究は、農林水畜産物および加工食品の香気成分分析と生成メカニズム、香料素材の合成、香りの人に対する生理的変化、機能性食材や食品の開発、フェロモンやアレロケミカルの探索など。