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香りによる地方創生―維新の香りを全国へ―【第3回】

赤壁 善彦 (あかかべ よしひこ) 山口大学大学院創成科学研究科 教授

“香り”は目には見えないが、私たちの普段の生活の中で重要な意味を持つ。今回の連載では、香りの面白さや不思議さに魅了され、研究を続けてきた筆者が、地元の人たちとのふとした会話などから新しい食材や商品の開発につながった瞬間や、その後の展開を紹介。香りの秘めた力と、香りを要にした地方創生について論じる。

第3回 「香りに注目した商品開発―山口大学スイーツ、山口餃子―」

前回は柑味鮎(かんみあゆ)の開発について述べましたが、われわれの香りの研究の応用は、機能性や嗜好性などの面から商品価値の高い農水畜産物の生産、さらに食品開発の可能性を秘めていることを実感しました。そこで今回は、香りに注目した商品開発として、「山口大学スイーツ」と「山口餃子」を紹介します。

 

近年、全国的にコンビニエンスストアの普及は著しく、どこに行っても同じ商品を購入できるという便利さには驚くばかりです。当然、大学生たちも頻繁にコンビニを利用し、スナック菓子類を購入して食べています。ただ、いつでもどこでも食べられるお菓子に特別な感情は湧きません。一方、その土地オリジナルのスイーツといえば、抹茶や煎茶の高級和菓子、パティシエが作った洋菓子、お土産用のお菓子など、学生が気軽に食べるものではありません。普段から気軽に食べられる美味しいお菓子、または食べたくなるようなお菓子、卒業してからも懐かしく思えるようなお菓子を作りたい――。「柑味鮎」を開発していた時期、そう思っていました。

 

実は、ヒトは香りを嗅いでそのタイプを脳で識別するだけでなく、香りが感情や記憶へも影響を及ぼしています。ということは、普段食べ慣れているお菓子も、インパクトのある香りや風味があれば脳が記憶し、お菓子が美味しかったり、食べている時の楽しい記憶があったりすれば、その香りを嗅ぐと「また食べたい」という感情や記憶が呼び覚まされるのではないかと考えました。

 

山口大学では、これまでもブランド戦略の一環として、「山口大学まんじゅう」「学長せんべい」などの商品を企画・販売してきました。しかしながら、いずれも学生がキャンパス内で気軽に食べるような品ではありませんでした。そこで、私は男女問わず食べやすいスイーツとして、香りに特徴のある洋菓子3種類を大学ブランドのスイーツとして販売できないかと考え、県内のスイーツ店と共同開発することにしました。

 

風味は試行錯誤の末、やはり山口といえば「萩のナツミカン」だと考えました。ナツミカンに加えて、近年世界的にも人気の高いユズの風味も開発することにしました。洋菓子の種類は、試作を繰り返していた2010年当時に人気の高まったマカロンと、日本ではまだ認知度が低いものの食感が面白いフランス菓子のギモーブ(マシュマロ)、そして、食べて満足感のあるパウンドケーキの3種類に決定しました。風味はもちろんのこと、パッケージのデザインにもこだわりました。

 

最大の問題点は、学生が気軽に購入できるという価格設定でしたが、いくつかのハードルをクリアして、ようやく2016年6月に本格的な販売に至りました。キャンパス内で学生が購入している姿やつまんで食べている様子を見ると、大変嬉しく思います。また、入学式や卒業式、学生の帰省時、教員や職員の出張時のお土産としても活用していただいています。高校生とご両親向けのオープンキャンパスや秋の学園祭などのイベント時にも提供されました。

 

私は、このスイーツを通して多くの方に山口大学を知っていただきたいと思っています。さらには、このスイーツに慣れ親しんだ卒業生が、数年後にナツミカンやユズを食べたり、その香りをふと嗅いだりした時に、「また山口大学スイーツを食べたい」「山口大学が懐かしい」「山口に帰りたい(住みたい)」「山口で働きたい」と思ってもらうことを密かに願っています。この「山口大学スイーツ」の開発・販売戦略も、香りに注目した商品開発を目玉とする地方創生の取り組みの一つといえるのではないでしょうか。

 

また、学生の普段の食生活においては、ファミリーレストラン、コンビニ、弁当チェーンの全国的な普及に加え、スーパーの惣菜の充実化などによって食の画一化が進行しています。どこでも同じ物が食べられる環境が確立され、地域色や家庭色が薄らいでいることが懸念されます。

 

本来、地方各地には比較的安価な「ソウルフード」があり、学生時代によく食べたメニューや風味が懐かしくなり、帰省した際や同窓会の時に、無性に食べたくなるものです。ところが、現在ではどうでしょうか。B級グルメは注目されますが一時的であり、地域に根付いたメニューが少ないように感じます。そこで、次世代の「山口のソウルフード」を目指し、風味に注目した学生食堂の新メニューを開発することにしました。

 

学生食堂となると、食材や調理法、さらには価格の制限があるため、今後の展開も考慮した結果、餃子にたどり着きました。山口県オリジナルの餃子を創りたいということで、具材や食べ方にこだわることにしました。まず具材は、通常豚肉を使用するところ、山口県ブランド鶏の「長州どり」を用い、皮は山口県産の小麦粉と米粉を用いて食感(もちもち感)を強調。そして、酢醤油で食べずに柑橘ジュレ状のポン酢で食べるスタイルに決めました。試食を繰り返しながら、具に関しては味や食感、皮に関しては厚みに改良を加えたほか、ジュレは数種の柑橘の中から試食で一番人気があったユズにすることにしました。すなはち、具は「長州どり」、皮は「県内産の小麦粉」、それを「柑橘ジュレポン」で食べるスタイルを「山口餃子」と定義し、メニュー化することにしました。学生食堂では調理の都合上、水餃子として提供することにし、盛り付けや食べ方も試食での意見を聞きながら改良を加えました。そして、一年中食べられるようにと、夏版と冬版のメニューを考案しました。メニュー名や価格も試食の参加者の投票によって決定しました。

 

スイーツと同じく、学生たちが食堂で山口餃子を食べ、その風味を記憶することで、卒業後に餃子を食べた時やユズの香りを嗅いだ時に「また食べたい」という欲求に駆られ、山口大学や山口県を懐かしむことを期待しての試みでした。現在では、山口市内の居酒屋で山口餃子がメニュー化されています。今後は、小中学校の給食にも導入し、山口餃子を食べて育った子どもたちが、大人になってからも「また食べたい」と思えるような食品にしたいと考えます。まだまだ先のことですが、このような感情や記憶が自然に起こるようになれば、「山口餃子」が新のソウルフードとなることでしょう。

 

香りの研究の応用は、商品価値の高い様々な農水畜産物や食品の生産・開発の可能性を秘めています。今回の事例によって、香りに注目した新商品の開発も、地域創生を牽引する重要な手法の一つになると確信しました。

 

註)「柑味鮎」と「山口大学スイーツ」は、2016年5月に農水省が開催したイベント「大学は美味しい!!」に出品しました。また、同年の「アグリビジネス創出フェア」でも山口大学として出展。2017年5月には、新宿高島屋で開催された「大学は美味しい!!」フェアに出店し、山口大学スイーツに関するトークショーおよび販売を行いました。山口大学スイーツの売上の一部は、学生への還元目的で利用しています。

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赤壁 善彦 (あかかべ よしひこ) 山口大学大学院創成科学研究科 教授 1994年、岡山理科大学大学院理学研究科博士課程材質理学専攻修了(博士理学)。
東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻退学後、山口大学農学部助手として採用。同助教授、准教授、教授を経て、2017年より現職。

専門は、香料化学、有機化学、天然物有機化学。主な研究は、農林水畜産物および加工食品の香気成分分析と生成メカニズム、香料素材の合成、香りの人に対する生理的変化、機能性食材や食品の開発、フェロモンやアレロケミカルの探索など。