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香りによる地方創生―維新の香りを全国へ―【第4回】

赤壁 善彦 (あかかべ よしひこ) 山口大学大学院創成科学研究科 教授

“香り”は目には見えないが、私たちの普段の生活の中で重要な意味を持つ。今回の連載では、香りの面白さや不思議さに魅了され、研究を続けてきた筆者が、地元の人たちとのふとした会話などから新しい食材や商品の開発につながった瞬間や、その後の展開を紹介。香りの秘めた力と、香りを要にした地方創生について論じる。

第4回 「香りの秘めた力と地方創生」

これまでの記事では、香りに注目した新食材・食品開発として、「柑味鮎」「山口スイーツ」「山口餃子」の事例について紹介しました。この取り組みを通じて、香りに注目した新食材・食品開発は、地域創生を牽引する重要な手法の一つになると確信しました。

 

私は現在、農学部で教育と研究を行なっています。いまだに、農学=農業(農場で作物を育てたり、品種改良、害虫、農薬の研究を行ったりしている)と思っている人が多くいますが、実は、理、工、医、農が融合した応用研究を実践しているのが農学部です。伝統的には、農学部の中に農芸化学という分野があり、化学を応用して農業に関する諸問題について研究していました。具体的には、発酵学、醸造学、土壌学、植物栄養学、農薬化学などが対象でしたが、現代では研究対象が拡散し、学問名から想像するのは難しくなっています。

 

私が実践している香料化学(身の回りの口に入る香り(フレーバー)、香水、洗剤などの香り(フレグランス)、香りによる嗜好性や生理応答の変化を対象とする)も化学の応用に違いはありません。これら応用化学である農芸化学と香料化学の融合を実践し、大学での新しい学問として確立することが私のやるべきことと確信しています。そのため、現在、県内外を問わず香りの啓蒙活動を行っており、高校での出前講義、一般者向け公開講座、養成講座、企業での講演を行なっています。それらの講演において、香りの実践的活用法ならびに新食材・食品開発に関する内容も情報提供しています。

 

このような活動を10年ほど続けていますが、その影響もあってか、最近では私の研究分野に興味を持って本大学を受験し、4年生の卒業研究の際に私の研究室に来る学生も出てきました。大変ありがたいことで、教育・研究を行なっている者として喜びを感じ、身の引き締まる瞬間でもあります。

 

山口大学への着任当初は、研究を通して学生を育て、地方から関西や関東の企業へ学生を送り出し、大学での研究を生かして会社の核となる人材となってもらうことを望んでいました。しかし、最近切実に感じるのは、街の機能とヒトが都市に集中し、地方においては、中核都市以外では産業の衰退→若者の流出→高齢化という“過疎化の負のスパイラル”が著しいということです。山口県も例外ではありません。山口県は、歴史・文化と現代社会が一体となった、気候も比較的温暖で住みやすい地域です。瀬戸内海沿岸の工業地帯では、工業関連の企業が最高利益をあげるなど景気のV時回復を果たしていますが、それ以外の地域では他の地方と同じく、もしくはより急激に高齢化が進んでいる状況に、これでいいのかと危機感を覚えます。地元企業の全体的な底上げができれば、若者にとっても魅力ある住みたい地域になることでしょう。

 

ところで、何時の時代もヒトの活力のもととなるものは「食」であり、栄えた地域には特有の食文化があります。この基本となる食の豊かさ無くして、その地域の発展はないと考えています。食において見た目は大事ですが、「風味」が重要であることは、これまで紹介してきたように言うまでもありません。味覚(甘味、酸味、塩味、苦味、うま味)を通じて感じたと思っていたことが、実は嗅覚によるものだったということは多いのです。

 

香りは感情や記憶にも結びつき、食の嗜好性と密接な関連があります。すなはち、香りに注目した食材や食品開発は新たな切り口で、大きな販路につながることが期待できます。当然、地方においても個人が新食材の生産・開発を行ったり、中小の食品メーカーが商品化を試みたりしていますが、大企業には到底太刀打ちできず、アイデアがあっても実現できない、新食材や食品を開発したとしても大企業が取って代わってしまうなどのもどかしさがあります。

 

ただ、個々では難しい事案も、産学連携という手段によって、強力な推進力や新たな展開を生むことも可能であると信じています。「柑味鮎」「山口大学スイーツ」「山口餃子」の開発・販売戦略は、香りに注目した食品開発を目玉とする地方創生の取り組みの一つといえるのではないでしょうか。

 

われわれは、香りの有効利用を研究目的として、香りを嗅ぐことによる心理的な変化と生理的な変化(自律神経、脳波、唾液中のストレス指数を調べる)の影響を検証しています。その結果、ある種の香りを嗅ぐと、精神的ストレスや疲労の改善効果が期待できると示唆されました。また、アロマトリートメントにより、身体・精神の両面での緩和が認められました。このことは、医療の場における、術前・術後のアロマトリートメント施術の有効性や、症状の改善の可能性をも示唆しています。

 

実は近年、認知症やがん患者に対する香りの利用による精神的改善、疼痛の緩和、副作用の軽減などへの利用が検討されています。つまり、普段の生活の中にも、香りの利用が有効となる可能性は秘められており、地方活性化や高齢化対策にも役立つのではないかと考えています。

 

今後の研究では、香りが健康管理のための強力なツールとなり、QOL(Quality of Life:生活の質)の向上にも繋がるという考えのもと、その有効性も明らかにしていきたいと思います。また、企業における利用方法としては、商品販売の際に香りを利用したブランドイメージを作り上げ、宣伝効果や売り上げの向上につなげることも可能性であると思います。つまり、香りの演出が商品価値をさらに高め、消費者の購買意欲を掻き立て、店舗や企業に対するイメージさえも向上させることが期待できます。ぜひ、地方企業の元気とやる気に香りを役立てたいと思います。

 

以上、4回にわたり研究成果や私心を述べてきましたが、地方の活性化は国が推奨するからではなく、必然的に湧き上がるその地域の力で取り組むのが本当の姿でしょう。地方大学は時代の変化に影響を受けることなく、常に地域へ開かれた場であるべきで、気軽に問い合わせが寄せられる環境を創っていきたいと考えています。私は、山口の地から香りに注目した新食材・食品を開発し、維新の風(香り)を吹かし、地方創生の推奨モデルをどんどん構築していきたいと考えています。研究にはいろいろな立場からの取り組みがありますが、私はこれからも香りに注目し、「人々をクスッと、ホッと、幸せにする研究」を行いたいと思います。

 

最後にひとこと、「香りはわれわれの生活を豊かにし、健康維持にも役立つ、目には見えない陰の立役者である」

 

註)今回紹介した香りに注目した新食材・食品開発の事例は、私だけで達成できたわけではなく、関連企業団体の協力があってこその成果であり、全国に誇れる地域連携の成功例ともいえます。ここに、感謝の意を表します。現在、このような取り組みに興味を持っていただいた企業団体より依頼を受け、新食材(2件)、 商品(2件)を手掛けています。

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赤壁 善彦 (あかかべ よしひこ) 山口大学大学院創成科学研究科 教授 1994年、岡山理科大学大学院理学研究科博士課程材質理学専攻修了(博士理学)。
東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻退学後、山口大学農学部助手として採用。同助教授、准教授、教授を経て、2017年より現職。

専門は、香料化学、有機化学、天然物有機化学。主な研究は、農林水畜産物および加工食品の香気成分分析と生成メカニズム、香料素材の合成、香りの人に対する生理的変化、機能性食材や食品の開発、フェロモンやアレロケミカルの探索など。