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科学と現実の狭間で健康について考える  【第5回】メタボリックシンドロームの食事・運動療法

今村 裕行 長崎国際大学大学院 健康管理学研究科 特任教授

多くの人間が「健康」な暮らしを送ることを望んでいる。しかし、ここで言われている「健康」とは果たしてどのような状態を指すのか。本稿はこのような疑問から始まり、健康を維持するための要素を様々な観点から解説する。その際に重視されるのは、厳密に定義された健康観ではなく、我々の実感により近い「おおらか」な健康観だ。「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」という言葉のとおり、過剰な運動や減量はかえって健康を損ねてしまう恐れさえある。本稿を読むことで、偏りのある健康観は正され、飲食・運動の基準値を知ることができる。

第5回:メタボリックシンドロームの食事・運動療法

 

メタボリックシンドロームとは、暴飲暴食や運動不足などが原因となり、内臓脂肪が蓄積し、高血圧や脂質異常症、高血糖などを起こす病態です。内臓脂肪が健康に及ぼす影響は、人種の違いによって異なります。ですから日本の判定基準は欧米のものとは異なります。わが国では、へその上で測定した腹囲を必須項目とし、脂質異常症、血圧高値、高血糖の3項目のうち、2項目以上あればメタボリックシンドロームと判定されます。メタボリックシンドロームになると、動脈硬化や心臓病、脳血管疾患になりやすくなります。
有酸素運動(10分以上は続けられる運動)をすると、エネルギーを消費することによって肥満になりにくくなります。運動のエネルギー源として糖を使うので糖尿病にもなりにくくなります。善玉コレステロール(HDLコレステロール)が増加し、悪玉コレステロール(LDLコレステロール)や中性脂肪が低下しやすくなります。また血管の弾力も増し高血圧も改善され、心筋梗塞や脳卒中などの生活習慣病にもなりにくくなります。逆に運動不足になると、メタボリックシンドロームになりやすくなるのです。

健康的に痩せるには、週1kg以上の減量は勧められない

中学生を調査した結果では、日本人女子のほとんどは自分の容姿に満足しておらず、約78%がやせたがっており、約30%が減量を経験していました。やせている方がより健康的で、男子はやせている女子を好んでいると思い込んでいる成績が報告されています。
健康的にやせるには、筋肉量を維持あるいは増加させながら脂肪のみを減らす方法が勧められています。脂肪は月に4kg以上減らすのは困難だと考えられています。私たちが女子学生の栄養調査をすると、1日1,800kcalくらい食べている人が多くみられます。1日1,800kcal食べるとすると、1週間(1,800kcal×7日間)で12,600kcal食べることになります。一方、脂肪1kgには約7,000kcal含まれています(純粋な脂肪には9,000kcal含まれていますが、私たちの脂肪には水分が20%くらい混ざっています。その水分を除くと約7,000kcalになります)。1日1,800kcalくらい食べている女子学生が1週間に脂肪1kg減量しようとすると、12,600-7,000=5,600kcalしか食べられません。これを7日で食べると、5,600÷7=1日800kcalしか食べられない計算になります。通常、極端な減量を行うと、エネルギー摂取だけを減らしてビタミンやミネラル、たんぱく質や脂質の必要量を満たせる人はあまりいないでしょう。ですから減量に伴ってビタミンやミネラルも健康に生活できるほど摂取できなくなります。加えて、摂取カロリーを1日1,200kcal以下にすると、著しく脱水することが知られています。脱水に伴って水溶性ビタミンも体外に漏れ出すことが考えられます。これでは健康的に生活できません。
減量を始めると、最初の十日前後は脱水によって体重が大きく減り、その後ゆっくりと体重が下がります(図1)。

図1 減量中最初の一週間は脱水が主で、次いでゆっくりと脂肪が落ちる

 

その理由は、筋肉に蓄えられているグリコーゲンが原因だと考えられています。私たちの筋肉は、グリコーゲン1gに対して2gくらいの水でグリコーゲンを囲って隔離しています。このグリコーゲンを隔離している水が、減量を始めた最初の十日前後の脱水の主な原因だと考えられています(図2)。

 

図2 筋グリコーゲン

 

よく女性をターゲットにした雑誌などに掲載されている「月に10kg痩せる」といった極端な減量をうたい文句にしたプログラムは、脱水をねらったものです。

 

ランニング、ジョギング、歩行で消費するエネルギー量の目安

ランニングやジョギングをすると、体重1kg当たり1kmで、1kcal消費します。ですから体重60kgの人が1km走ると、60kcal消費します。これは走るスピードに関係ありません。速く走れば短時間で終わるし、ゆっくり走ればより長い時間が必要だからです。歩行の場合は、走った場合の約半分のエネルギーを消費します。ですから体重60kgの人が1km歩くと、30kcal消費します。運動指導の専門家が生活習慣病の運動指導を行う場合は、通常300kcal消費する運動を勧めています。もちろん普段あまり運動をやっていない人は、無理のない運動から始めなければいけません。よく「1日1万歩、歩きましょう」と言われます。1万歩歩くと、約300kcal消費する運動になるのです。私達の研究では、1日7,000歩以上歩くと、糖尿病患者の血糖が下がり始めます。

 

参考文献

・今村裕行他:イラスト健康増進科学概論.東京教学社, 2008.
・朝山正巳、彼末一之、三木健寿(編):イラスト運動生理学.東京教学社, 2011.
・今村裕行他:イラストスポーツ・運動と栄養―理論と実践―.東京教学社, 2020.
・進藤宗洋、田中宏暁、田中守(編):健康づくりトレーニングハンドブック.朝倉書店, 2010.
・平江千夏、今村裕行他:地域住民を対象とした糖尿病教室の食事・運動療法による効果.日本総合健診医学会誌, 23(3):285~290, 1996.
・宮本徳子、今村裕行他:地域住民を対象とした糖尿病予防教室の歩数による評価.日本総合健診医学会誌, 25(3):265~269, 1998.
・Sano A. et al.: Study on factors of body image in Japanese and Vietnamese adolescents.
J Nutr Sci Vitaminol (Tokyo). 54(2):169-75, 2008.

 

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今村 裕行 長崎国際大学大学院 健康管理学研究科 特任教授 カリフォルニア州立大学イーストベイ校運動学体育科卒業、同学科大学院修士課程修了. 中村学園大学栄養科学部栄養科学科准教授. カリフォルニア州立大学イーストベイ校客員教授. 長崎国際大学健康管理学部健康栄養学科教授(運動生理学、スポーツ栄養学、スポーツ医学、健康管理論、実践栄養学)を経て現職. 同大学名誉教授、空手道部総監督. 博士(工学)