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科学と現実の狭間で健康について考える  【第4回】嗜好品

今村 裕行 長崎国際大学大学院 健康管理学研究科 特任教授

多くの人間が「健康」な暮らしを送ることを望んでいる。しかし、ここで言われている「健康」とは果たしてどのような状態を指すのか。本稿はこのような疑問から始まり、健康を維持するための要素を様々な観点から解説する。その際に重視されるのは、厳密に定義された健康観ではなく、我々の実感により近い「おおらか」な健康観だ。「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」という言葉のとおり、過剰な運動や減量はかえって健康を損ねてしまう恐れさえある。本稿を読むことで、偏りのある健康観は正され、飲食・運動の基準値を知ることができる。

第4回:嗜好品

嗜好品とは、緑茶、紅茶、コーヒー、酒、タバコなどの香味や刺激を得るために食べたり飲んだりするものをいいます。多くの嗜好品は人類の長い歴史の中で親しまれてきました。その存在は食文化の形成や人間関係の円滑化など、その国の風土や文化を色濃く漂わせながら広く愛されてきました。この点からすると、嗜好品は人類共通の文化的な財産ということができるでしょう。しかしその一方で、喫煙や過度の飲酒は健康を害する恐れがあります。

 

緑茶、紅茶、コーヒー 

緑茶と紅茶は同じツバキ科の茶樹から摘んだ葉を材料としています。緑茶は茶葉を蒸して水分を蒸発させて作る不発酵茶です。緑茶にはカテキン(抗酸化作用を持つポリフェノールの一種)が多く含まれています。カテキンは緑茶の渋み成分で、細菌の働きを抑制する働きがあります。このため緑茶は紅茶よりも細菌の繁殖やウイルスの活動を抑える作用が強いのです。カテキンは日光を浴びて育った葉に多く含まれているため、玉露よりも煎茶に多く含まれています。また緑茶にはカテキンやベータカロテン、ビタミンCが豊富に含まれているため、それらの抗酸化作用によって、がん予防や免疫力強化に有効に働きます。

紅茶は茶葉を陰干しした後にもみ、発酵させたものです。紅茶の主成分はタンニンとカフェインで、いずれも緑茶よりも多く含まれています。タンニンは渋みのもとで、適度な量でコーヒーの旨味を引き立てるとともに、便をかたくする作用もあり、下痢止めに効くとされています。またウイルスに対する抵抗力を高めるため、インフルエンザなどの感染症の予防にも有効です。カフェインには覚せい作用や、大脳を刺激する作用、脱水作用などがあります。

コーヒーの主成分はカフェインとタンニンそれに油脂です。コーヒーは、2型糖尿病、パーキンソン病やアルツハイマー病を予防する効果、さらには体内の炎症を抑える効果もあることが報告されています。

40~79歳の男女日本人76979名を対象とした研究では、緑茶、紅茶、コーヒーの摂取は、心血管疾患の危険を下げるという報告もあります。

 

酒類 

適度な飲酒はストレス解消、食欲増進、善玉コレステロールといわれているHDLコレステロールを増加させることによって動脈硬化を予防します。適量の飲酒とは、一般的には肝臓の処理能力以内である1日当たりビール大瓶1本、日本酒1合、25%の焼酎100ml、ウイスキーダブル1杯に相当します。それ以上の酒量になると、分解しきれないアルコールやその代謝産物であるアセトアルデヒドが血液とともに全身を回り、膵臓の炎症を起こしたり、不整脈や高血圧の原因になったりする場合もあります。また長期間にわたって大量に飲み続けると、アルコールを処理するために肝臓の働きのほとんどが抑制されるため、肝臓が脂肪を処理しきれなくなり脂肪肝やアルコール性肝炎、さらには肝硬変や肝がんを引き起こす危険性が高くなります。また妊婦の過剰な飲酒は、母体への影響にとどまらず、アルコールやアセトアルデヒドが胎盤を通して胎児に影響を与え、知能の発達の遅れや臓器の奇形などを伴う胎児のアルコール症候群を起こす危険性が高くなります。

「ウイスキーや焼酎のような蒸留酒は、日本酒やビールよりも体にいい、あるいは二日酔いをしない」とよく言われています。しかしどの酒類であっても、その主成分はアルコールで、エネルギーは高くても健康維持に必要な栄養素はほとんど含まれていません。このため特に体にいいという酒類はなく、どの酒類であろうとも飲みすぎれば二日酔いになります。「数種類の酒類をチャンポンすると悪酔いする」とよく言われますが、これは酒類を混ぜることによって味が変わり、深酒をする可能性が高くなるからです。いくらチャンポンをしても、それぞれの酒類のアルコール量が微量で肝臓が処理できる程度であれば、悪酔いする可能性は低いでしょう。

 

タバコ

タバコの煙には数百種類以上の化学物質が含まれています。三大有害物質としては、ニコチン、タール、一酸化炭素が一般的に取り上げられています。ニコチンは依存症を引き起こします。タールには多くの発がん性物質が含まれています。一酸化炭素は酸素よりも数百倍ヘモグロビンと結合しやすく、血液中に入ると、一種の酸欠状態を引き起こす可能性があります。

タバコの煙は、タバコを通して口腔内に入る主流煙、口腔より吐き出される呼出煙、火のついたタバコからでる副流煙に分けられます。非喫煙者でも、家族や同じ仕事場の同僚などが同じ部屋や会議室などでタバコを吸う場合、喫煙者の呼出煙のみならず副流煙も吸い込んでしまいます。非喫煙者が自らの意思に反してタバコの煙を吸わされることを受動喫煙といいますが、副流煙に含まれるニコチン、一酸化酸素、タールなどは主流煙の3~4倍といわれています。

喫煙は種々の疾患の原因になっています。特に男性の肺がんの原因の約7割を占め、全てのがんの原因の2~3割を占めると言われています。また喫煙者は種々のがんによる死亡率が高いため、平均寿命は非喫煙者に比較して2~6年短く、老化が約5年早く進むと推察されています。

喫煙の急性的影響としては、一過性の血圧の上昇、脈拍数の増加、末梢血管の収縮に伴う皮膚温の低下などがあります。また近年、喫煙は糖尿病の危険因子であることも明らかになってきました。

 

 

参考文献

・今村裕行他:イラスト健康増進科学概論.東京教学社, 2008.

Yohei Mineharu et al.: Coffee, green tea, black tea and oolong tea consumption and risk of mortality from cardiovascular disease in Japanese men and women. J Epidemiol Community Health, 65(3):230-40, 2011. doi: 10.1136/jech.2009.097311.

 

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今村 裕行 長崎国際大学大学院 健康管理学研究科 特任教授 カリフォルニア州立大学イーストベイ校運動学体育科卒業、同学科大学院修士課程修了. 中村学園大学栄養科学部栄養科学科准教授. カリフォルニア州立大学イーストベイ校客員教授. 長崎国際大学健康管理学部健康栄養学科教授(運動生理学、スポーツ栄養学、スポーツ医学、健康管理論、実践栄養学)を経て現職. 同大学名誉教授、空手道部総監督. 博士(工学)