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農業会計の必要性と農業生産法人の発展【第4回】

田邉 正 (たなべ ただし) 松山東雲短期大学 准教授 桂 信太郎(かつら しんたろう) 高知県公立大学法人高知工科大学経済・マネジメント学群および大学院起業マネジメントコース 教授

日本では農業の担い手不足の問題が生じており、その打開策として、政府は農業経営の法人化を推進している。しかし、単に組合が法人化したものも少なくなく、農業経営の大規模化や効率化を前提にすれば、農業経営者の経営的資質が求められてくる。そこで、この連載では、農業経営者の会計的意識がいかに業績に反映されるのかを探る。さらに、農業生産法人が発展するにあたって、どのようなプロセスがあるのかを検討する。

第4回 「農業生産法人の発展におけるプロセス」

大規模農業経営者の意見から、会計的意識を有するほうが、積極的な経営を実行することができ、その結果として業績に繋がっていくことが解りました。また、農業経営者に営業力及び販売力の意識がなければ、そこからの農業経営の展開も見込めないことも解りました。最終回では、農業生産法人が発展するために適した企業形態と発展のためのプロセスについて述べます。

 

大規模農業経営者のヒアリング調査から、それぞれの農業経営者が強いリーダーシップを有しており、農業経営者自身の意志で法人をリードしていき発展していったことが解りました。しかし、農業生産法人には一般企業と異なって、リーダーシップが執れる企業形態と執れない企業形態が存在するのではないでしょうか。

 

まず、数戸の個人事業主が、任意組合を組織しており、その組織を農事組合法人として法人化した農業生産法人が存在します。個人事業主である組合員のなかから、一人以上の理事を決定して法人の運営にあたります。ちなみに、農業に携わっていなければ組合員になれません。農業協同組合法第74条の4から規定によって、経営の執行は理事が実行しますが、それぞれ組合員が個人事業主であるため、組合員の意見が強く、理事が強いリーダーシップを執るということが困難になります。ちなみに、前回、紹介したモクモクは農事組合法人でしたが、理事たちのクーデターによって、組織を変更することになりました。

 

次に、数戸の個人事業主が、任意組合を組織しており、その組織を普通法人として法人化した農業生産法人が存在します。例えば、株式会社の場合、個人事業主である株主が出資して株式会社を組織化しますが、そのなかから、取締役及び代表取締役を決定して法人の運営にあたります。当然、株式会社は会社法に縛られることになるので、一般企業と同様の取扱いになります。しかし、農事組合法人と同様に、株主が個人事業主であれば、それぞれの株主の意見が強く、代表取締役が強いリーダーシップを執ることは困難になります。ただ、個人事業主ではない者を株主あるいは取締役として出資させることが可能であり、会社法の縛りがあることから、農事組合法人よりもリーダーシップが執り易い組織に変更していくことは可能です。

 

最後に、一戸の個人事業主が、普通法人として法人化した農業生産法人が存在します。例えば、株式会社の場合、一戸の個人事業主である株主が出資して株式会社を組織化し、自らが代表取締役となって法人の運営にあたります。また、法人設立当初、従業員を雇っていても株主となることはありません。したがって、代表取締役は強いリーダーシップを執ることが可能になります。

 

このように、三つの企業形態があると考えられますが、ある農業経営者は農業生産法人を発展させるためには、農事組合法人では難しいとはっきりと述べていました。これは個人事業主の意見が強すぎて、意見がまとまり難いというわけです。したがって、普通法人のほうが、リーダーシップは執り易く、さらに共同出資者が少ないほどリーダーシップが執り易いことになります。ただし、農業生産法人の発展のうえで事業を分社化すれば、企業形態も変更していかなければなりません。したがって、規模が拡大していけば、リーダーシップも他の者に委託しなければなりません。

 

そして、農業経営を大規模化及び効率化する際、農業生産法人の展開におけるプロセスがあると考えられます。農業生産法人の発展において、個人事業主である萌芽期以前、農業生産法人として法人化した初期の萌芽期、農業生産法人として安定時期である成長期、農業生産法人として拡大を図っている成熟期、最後に、農業生産法人を中心とした集積による成熟期以降というように区分してみました。〔図表1〕は、農業生産法人の発展における各区分でのプロセスを示しています。

 

〔図表1〕 農業生産法人の発展におけるプロセス

 

 

 

〔出所〕著者作成

 

組織形態については、成熟期になれば、規模が拡大され事業別の分社化をするか否かを検討する必要性が生じます。さらに、成熟期以降には、農業生産法人を中心とした集積を検討するでしょう。すなわち、クラスター化です。ただし、ポーターが唱えるクラスター戦略論のようなクラスター化は、まだ遠い将来だと考えられます。まず、効率性を前提とした集積を検討すべきです。

 

生産技術については、萌芽期までは市場に対する農産物の確かな生産技術のみを必要としますが、その後、生産技術の分業化を要することになります。六次産業化を試みれば、その製品に適応した農産物の生産技術が必要となるでしょう。そして、成熟期以降は、輸出も考慮した生産技術を開発していかなければなりません。

 

販売力及び営業力については、萌芽期以前は販売力及び営業力は意識しなくてよいかもしれません。これは農産物を生産し、それを市場に卸せばよいからです。しかし、法人化してからは、販路の拡大を検討する必要性が生じます。そして、農業経営の大規模化及び効率化を本格的に目指すならば、販路の拡大を具体的に実施しなければなりません。生産量も販路が拡大するにともなって増加していくことが予測されます。

 

六次産業化については、法人化すれば必然的に意識することになります。そして、成熟期には、六次産業化の実施を検討するのではないでしょうか。もし、六次産業化を実施しないならば、農産物のブランド化を試みるかもしれません。そして、成熟期には、輸出を踏まえた農産物の六次産業化又はブランド化を試みると予測されます。

 

人材確保については、大規模化及び効率化が進むにしたがって、パート及びアルバイトから従業員の雇用へと移行していきますが、担い手不足ということもあり人材確保が困難になっています。これは大規模農業が抱える問題でもあり、この打開策として多くの農業生産法人が独立支援プロジェクトを実施しています。さらに、集積が進みクラスター化すれば、その地域に雇用を生むことになります。

 

農業経営者のリーダーシップについては、農業生産法人の大規模化及び効率化を前提とすれば、リーダーシップは必要となるでしょう。ただし、本格的に大規模化及び効率化を図るならば、さらに強いリーダーシップが必要となります。しかし、大規模化が成功した成熟期には、一人のリーダーシップで法人を纏めることは難しくなります。したがって、リーダーシップを他の者に委託して分散する必要性が生じてきます。

 

最後に、会計的意識については、萌芽期以前は会計的意識を必要としないかもしれません。ただし、法人化してからは会計的意識を必要とし、本格的に大規模化及び効率化を図るならば、数字が読めなければ、法人自体を管理することは難しくなるのではないでしょうか。

 

全四回の連載にわたって、農業経営者にとっての会計的意識と農業生産法人が発展するには如何にすればよいのかということについて述べてきました。かなり独り善がりの意見だったかもしれません。研究を始めた当初は、農業生産法人の大規模化及び効率化ということについて批判的な方々が多くおられましたが、ここ数年で農業経営の見方も急速に変わり、大規模化及び効率化を前提とする意見も多く聞くようになりました。

 

ただ、農業生産法人の大規模化及び効率化を図る一方で、小規模農業経営を保護する必要性もあると考えています。地域経済という側面において、小規模農業経営者は重要な意義を担っています。先祖代々の農地を守って農業を生業としている小規模経営農業者は現金収入が然程多くなくても十分幸せに生活しています。そして、その地域の文化、祭礼、伝統、景観等を守り続けてきました。当然、その地域を若者は出ていき、農業従事者の高齢化は進み過疎化の一方ですが、ここに約170万人の雇用が存在しているとも解釈できます。

 

このような地域の保護を廃止すれば、一気に約170万人の雇用は消滅します。農業生産法人の大規模化及び効率化が必然であれば、このような小規模農業経営者が消滅していくことも自然な現象かもしれません。ただ、このような農業経営者は、安全な農産物を生産し続ける担い手であることも忘れてはいけません。

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田邉 正 (たなべ ただし) 松山東雲短期大学 准教授 愛媛大学法文学部卒業、駒澤大学大学院経営学研究科修士課程修了、駒澤大学大学院経営学研究科博士後期課程満期退学。高知県公立大学法人高知工科大学基盤工学研究科起業マネジメントコース博士後期課程修了、博士(学術)。長岡大学経済経営学部専任講師、常磐大学総合政策学部准教授を経て、2018年から現職。

担当科目は、税務会計、原価計算、簿記論、会計学、財務会計論、金融関係論など。現在は、農業会計に着目し、農業経営者による会計的意識の有無が如何に業績に反映されるのかを実地調査を踏まえて研究を行っている。

桂 信太郎(かつら しんたろう) 高知県公立大学法人高知工科大学経済・マネジメント学群および大学院起業マネジメントコース 教授 愛媛大学大学院博士後期課程修了、博士(学術)。短大教員、長岡大学経済経営学部准教授、高知工科大学准教授を経て、2016年から現職。

担当科目は、経営管理論、企業論、経営戦略論、地域活性化システム論、NPO論など。また、大学院では経営管理論、地域産業振興論などを担当。これまで、愛媛、高知、新潟に居住しながら、製造業(特に素材産業)における経営改善に関する調査研究および、地域と企業の関係や経営学の視点から、地域ビジネスや地域活性化に着目した調査研究を行ってきた。