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生命を支える様々なメカニズム ~プログラム細胞死から神経難病まで~【第1回】

林田 直樹(はやしだ なおき) 山口大学 大学院 医学系研究科

連載前半では「プログラム細胞死」をテーマに、自身が以前発見した新たなプログラム細胞死のメカニズムの紹介も交えながら、その重要性と最新の研究成果と、疾患との関係について紹介する。連載後半では、老化やアルツハイマー病等の神経難病の克服の可能性と研究の進展を紹介いただく予定だ。

ヒトの生を維持するプログラム細胞死

 このタイトルを見ただけで違和感を持つ人が少なくないかもしれません。「生(=生命)を維持するのが、細胞が死ぬこと?」みたいな感じです。一方で、ある程度知識がある人は、すでにこの現象は常識として理解されているでしょう。タイトルではヒト、と書きましたが、無論ヒトだけではなく、あらゆる動物で、「プログラム細胞死は個体が生命を維持するのに必須である」ことがわかっているのです。
 
 専門家でないのにも関わらず、プログラム細胞死やアポトーシスをよくご存じの方は、その具体例として、「(ヒトを含む哺乳類など)水かきのない動物では胎児の段階では水かきの細胞があるが、出生前にはこの細胞がアポトーシスによって除去される」ことをご存じでしょう。
 
 では、カモやカメなど、水かきのある動物では水かきの細胞で全くアポトーシスが起きていないかというと実はそうではなく、指先の近くの細胞ではアポトーシスが誘導されています。思い出して頂けるとわかると思うのですが、水かきを持つ動物の手足は扇のような形ではなく、指と指の先端の間が少しくぼんでいますよね。アポトーシスは、不要な細胞、あるいは存在し続けてはその個体(胎児など)の生存を脅かす細胞で起きるのは事実ですが、カモやカメの例のように、「形(形態)を整える」役割もあるのです。これについては、今後の連載の中で触れたいと思います。
 
 話をプログラム細胞死の方に戻しましょう。まず、「細胞が死ぬ」という現象自体は19世紀の段階で発見されていたようですが、その後は細胞が生存できない環境(ヒトの疾患において、機能不全に陥った器官内の環境など)に置かれ、それによって「細胞が殺されてしまう」現象であるネクローシス (necrosis) が発見・認知された以外には、当時の技術の限界もあって、こういった現象の分子メカニズムの研究・解明などは不可能でした。
 
 しかしその後の分子生物学の爆発的な広がりを受けて様々な現象の研究が一気に進み始めました。プログラム細胞死の研究もその1つで、1990年代にすさまじい速さで解明されて行きました。特に長田重一教授(現京都大学大学院医学研究科教授)を中心とした日本人研究者のグループが次々とプログラム細胞死(当時は、プログラムされていない細胞死の概念としては、以前から知られている「ネクローシス (necrosis) 」しかなかったので、それと相反するプログラム細胞死はほぼ「アポトーシス (apoptosis) 」で統一されていました)のメカニズムを解明していきました。
 

様々なプログラム細胞死

 アポトーシスの研究は今でも多くの研究者が行っていますが(私もその1人です)、その過程で、「プログラムされた細胞死には、アポトーシス以外のものも存在する」という報告が増えてきました。例えば、アポトーシスと正反対の細胞死とされていたネクローシスと類似した、「ネクロプトーシス」というプログラム細胞死があることが複数のグループから発表され、認知されていきました。そしてプログラム細胞死の研究はまた新たな段階に入り、今ではアポトーシス、ネクロプトーシス以外にも、様々なプログラム細胞死があると考えられています。
 
 論文はものすごい数が発表されていますので、選び方によっては相当な数のプログラム細胞死を紹介することが出来ますが、ここでは、2016年に発行された羊土社発行の実験医学増刊「細胞死」の序文で解説されているものを紹介させて頂きたいと思います。左がプログラム細胞死の名前、右が、その細胞死が確認されている現象です。
 
アポトーシス:(胎児期の)指と指との間の膜の消失時。肝炎発症時など。
ネクロプトーシス:ウイルス感染時、細胞に害となる物質への暴露時、脳梗塞の発生時など。
パイロトーシス:細菌およびウイルス感染時。
フェロトーシス:がん細胞の細胞死、腎虚血再灌流に伴う細胞死。
 
 これ以外にも「オートファジー細胞死」や「ネトーシス」といったプログラム細胞死の存在が、論文として発表されていますし、上記の実験医学増刊号でも紹介されています。前者は、アポトーシスの誘導が不可能になった細胞で起こるもの、後者は、生物が細菌やウイルスに感染した際に、好中球(白血球の種類の1つで、血液中では最も多い)が自ら死を選択し、細胞内の成分を放出して、細菌やウイルスを閉じ込めてしまうというプログラム細胞死です。これらについても研究は現在進行形ですし、特に「オートファジー細胞死」については、オートファジーの研究が非常に多くの研究者によって行われているだけでなく、そのメカニズムもかなり詳細に解明されていることから、より速いスピードで研究が進むでしょう。
 
 一方でこのような現状から、「プログラム細胞死 (programmed cell death, PCD) 」ではなく、近年では「制御された細胞死 (regulated cell death, RCD) 」と言う新しい用語が提唱されて使われ始めています。その理由としては、「プログラム細胞死」は発生過程で起こる細胞死(ヒトなどの生物で、一度指と指の間に形成されてしまう水かきのような形態を、プログラム細胞死で消去する現象などです)を差し、そのほとんどがアポトーシスであるのに対し、アポトーシスのメカニズムとは明らかに異なるメカニズムで起こるプログラム細胞死の報告が、上記のように相次いでいるためです。
 
 この連載において、どちらの用語を使うかは迷うところでしたが、例えば、2015年以降に発表された英文の学術論文を見るも、細胞が自殺する用語として、「プログラム細胞死」を用いている論文の数は、「制御された細胞死」の10倍近いのが現状でした。この連載を読んで下さる方はおそらく研究者ではない方が多いと思われますので、この連載の中でも、特に説明がない場合は、「プログラム細胞死」の方を用いることにしますが、このように、研究の伸展によって、これまで長く使われてきた専門用語の使用についての議論が起きたり、新しい用語の提唱がなされたりすることがしばしばあります。
 
 蛇足になるかとは思いますが、ある新しい遺伝子を発見した場合、発見者がその遺伝子名を決めて提唱し、それが広まればその遺伝子名が定着するのですが、同時に複数の研究者や研究グループが同じ遺伝子を発見し、それぞれが異なる名前をつけて発表することはすくなくありません。そのうち1つに決まってしまうものもあれば、2つもしくは3つの名称が並行して20年近く使われ続けている例もあります。アポトーシスやネクローシス、プログラム細胞死などの用語も、そういう経緯を経て、ある意味生き残ってきているのです。
 
 連載の1回目はプログラム細胞死の紹介程度に終わってしまい、すでにある程度知識をお持ちの方には物足りなかったかもしれません。次回以降は、私の細胞死に関する研究内容も含めて、もう少し内容の濃いものを読んで頂けるように努力したいと思います。
 
 最後に、次回の予告的な意味もありますが、私の実験データの中から、「生物が生きるためのプログラム細胞死」を示したものを紹介します。下の図はマウスの正常な精巣の写真で、茶色に染まっているのがアポトーシスを起こした細胞です。連載第2回では、「精巣でなぜアポトーシスが起きるのか?」を含めてお話ししたいと思います。
 

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林田 直樹(はやしだ なおき) 山口大学 大学院 医学系研究科 筑波大学附属高校卒業後、同年東京大学に入学。同大学院で博士号取得後、学術振興会特別研究員として金沢大学医学部で実験動物学・発生学を学ぶ一方で、プリオンの研究を行う。2005年山口大学医学部(大学院医学研究科)の生化学第二教室助手、2011年から講師。2015年から自身のグループを持ち、真のアンチエイジングを目指した「老化学」研究を開始。アルツハイマー病等の神経難病の治療薬開発研究も進め、これまで2回特許申請を行っている。