連載

一覧

生命を支える様々なメカニズム【第3回・緊急番外編】新型コロナウイルスはどれだけ危険なのか

林田 直樹(はやしだ なおき) 山口大学 大学院 医学系研究科

ここまでの連載では「プログラム細胞死」をテーマに、自身が以前発見した新たなプログラム細胞死のメカニズムの紹介も交えながら、その重要性と最新の研究成果と、疾患との関係について紹介してきた。今回、新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) の広がりの深刻化を受け、専門家の立場から最新のウイルス研究を読み解く、「緊急番外編」として寄稿いただいた。

新型コロナウイルスはどれだけ危険なのか

 私の連載は「生命を支える様々なメカニズム」という大きな枠組みの中で、前半は「プログラム細胞死」について、現在分かっていることや医学的な意味についてまとめて参りました。
 
 しかし現在、中国武漢 (Wuhan) で発生した新型コロナウイルス(世界保健機構はこのウイルスの名称をSARS-CoV-2と決定しましたが、論文では2019-nCoVという表記がほとんどです(2月24日現在)。また、COVID-19というのは、感染症の名称です) 感染は、すでに国内に何人の感染者がいるのかも分からない状態に陥っており、死亡者が出たほか、重症者も多くいますが、重症者の症状の詳細は明らかにされていません。テレビやマスコミでは、連日過去のSARSやMERS、あるいはインフルエンザや普通の風邪の例を持ち出して、専門家・非専門家が、特に初期は「大したことない」と言う論調がほとんどでしたが、最近になって「非常に危険だ」という見解が広まってきたところではないでしょうか。
 
 ウイルスの感染力の強さや感染者のその後の重症化については、患者の体力や健康状態に左右されるのも事実ですが、その前に、「ウイルスそのものの危険度」を考えておくことが重要だと思います。そしてウイルスそのものに共通した性質や感染機構を踏まえ、「新型コロナウイルスのヒト細胞への侵入・感染機構」を考察し、同時に「新型ウイルスのゲノム配列情報」「新型ウイルスを形成するタンパク質のアミノ酸配列とその特性」「新型ウイルスを形成するタンパク質の立体構造」「毎日新たに発表される論文の内容」に基づいて、「新型コロナウイルスについての正しい情報を伝えること」が専門家の義務ではないか、と私は思いました。
 
 そこで今回は連載の番外編として、ウイルスの構造から考えられる感染力の強さと、それが患者にもたらす病態を含め、過去の論文と、私がこれまでいくつかの種類のウイルスを研究上で長く扱ってきた経験とを織り交ぜて、以下の項目について中心的にお話しさせて頂きたいと思います。
 
<目次>
①新型コロナウイルスの毒性と強さ
 ・新型コロナウイルスの毒性は実際のどの程度なのか?
 ・アルコール消毒はどこまで有効か?
②新型コロナウイルスの感染力
 ・新型コロナウイルスの感染力は強いのか?
③重症者の数や死亡者数は最終的にどのくらいになるのか
 ・突然倒れた人々
 ・「重症者」の病状はどうなのか?
 ・若年齢者や子供の感染者の出現の意味は?
 ・妊娠中の方が感染した場合、赤ちゃんへの影響はあるのか?
 ・日本国内における感染者数や死亡者数はどこまで上がるのか
④現時点で可能な治療法はどのようなものがあり得るのか
 ・抗マラリア薬クロロキンが新型コロナウイルスに効果がある?
 ・タミフルの服用は、治療に効果があるのか
 ・予防法は何でもやった方が良い
 

①新型コロナウイルスの毒性と強さ

・新型コロナウイルスの毒性は実際のどの程度なのか?

 ここが一般の方が1番知りたいところだと思いますし、私もそうです。「毒性はそんなに強くない」とこれまで専門家の方は言われていますが、しかし、残念ながら実際に死亡した方が日本でも出てしまいましたし、若い男性でも重症者が出ています(しかもどういった状態なのか具体的には明らかにされてません)。
 こういうニュースを聞いて、「毒性は強くない」と思える人はほとんどいないでしょう。
そしてこの毒性を考えるには、新型コロナウイルスの構造が一体どうなっているのか、どうやって肺炎やその他の症状を引き起こすのかをまず知らなければ、確かな情報にたどり着くことは出来ません。
 では、ウイルスの構造を基本として、ウイルスの強さ(壊れにくさ)について考えてみます。
 
 ウイルスの毒性の強さを決めるポイントはいくつかありますが、まず大まかなところで言うと、「ウイルス自体がどの程度壊れにくいか」が挙げられます。例えば、エイズウイルス (HIV) は、空気感染はしません。仮に、ドアのノブにエイズウイルスを塗ったとして、それに触ったとしても、感染するヒトはほぼ皆無でしょう。エイズウイルスは、ウイルスの外骨格とも言える「外殻」が非常に脆く、空気にさらされた時点ですぐに壊れてしまうのです。ですので、感染する場合は、性行為や、注射針の使い回しなど、エイズウイルスが空気に接しない状況に限られたわけです。
 
 今回の新型コロナウイルスは、空気感染・飛沫感染する可能性が非常に高いので、ウイルスの外殻がある程度強いことが予想されます。

図はいずれも国立感染症研究所より

 では実際どの程度強いのか?これには、外殻と、そこに結合しているタンパク質(アルファベットで示されているもの)の性質を調べることが必要だと思います。まず、上のウイルスの図を参照して、ウイルスがどうやって細胞に侵入するかを述べたいと思います。
 
 上の「S」と書かれているものは「スパイクタンパク質」というもので、「Sタンパク質」と呼んでも構いませんが、このSタンパク質が、ヒトの細胞(例えば肺の細胞)の表面に結合し、そこから細胞の内部に侵入する役割を持っています(結合する際には、ヒトの細胞が持つ「受容体」というタンパク質が必須なのですが、ここでは詳しくは述べません)。
 
 内部に侵入したウイルスは、そこでウイルスの中味をヒト細胞内に放出します。コロナウイルスは1本差RNAを遺伝子で持つウイルスですが(ヒトはもちろん、動物から植物に至るまで、遺伝子は2本鎖DNAです)、このウイルスは逆転写酵素というものを持っており、これによって、自らのRNA遺伝子を、DNAの遺伝子に変えてしまうのです。続けてウイルスは、インテグラーゼというタンパク質によって、この自分のDNA遺伝子(元はRNA遺伝子)を、ヒトの細胞のDNAに入れてしまうのです。
 
 そうすると、このウイルス由来のDNAは、ヒトのDNAと同じように扱われます。ヒト細胞が、勝手に、コロナウイルスが出来るのに必要なタンパク質を作ってくれて、さらに本来のRNA遺伝子もDNAから作ってくれます。それによって、ヒトの細胞内で見事にウイルスがどんどん作られ、それがまたヒト細胞のもつエキソサイトーシスという機能によって、大量に細胞外に放出されてしまうのです。これらのウイルスは他のヒト細胞に同じやり方で感染し、また同じウイルスを増やしていきます。こういうサイクルが肺の中で起きれば、肺炎の重症化が起きるわけです。すなわち、「新型コロナウイルスは肺の細胞に感染(侵入)した後、そこから感染者の体内で増えていく」と言うことです。

国立感染症研究所より

(上の図は、VeroE6/TMPRSS2細胞に出現した新型コロナウイルスによる細胞変性像。ウイルスは緑色に、細胞の核は青色に染めてあります。画面の中央に、緑色に染まって見える細胞の中に、複数の青色の核が見えます。通常の細胞では1つの細胞に核は1つなので、新型コロナウイルスの感染によって細胞が変性しているのが分かります。他にも同様の変性細胞が見えています。なお、Vero細胞は元々サルの腎臓上皮細胞から作られたものですが、ウイルス研究においては非常に汎用される細胞ですので、説明は省かせて頂きます)
 

・アルコール消毒はどこまで有効か?

 アルコール消毒についてですが、アルコールが滅菌作用を発揮するのは、アルコールが蒸発するときです。蒸発するときに菌の水分も奪いとり、菌が生き延びるのに必要な水分も奪い取って、菌を死滅させるわけです。
 
 ところが、ウイルスの場合は少し話がややこしくなります。菌は生き物ですが、ウイルスは生き物ではありません。それだけでなく、アルコールが蒸発して水分を奪い取っても、それでも壊れずに存在し続けるウイルスは少なくありません。私たちにとって身近なアデノウイルスはその一例であり、アルコールでは壊すことが出来ず、次亜塩素酸(キッチンハイターの成分ですね)を使わなければ壊すことが出来ません。
 
 新型コロナウイルスの場合はどうかというと、まだ直接実験できてはいないようですが、SARSやMERSのウイルスを使って、アルコール(エタノール)を含めたいくつかの物質がどれだけ効果があるかを調べた論文は数十報出ています。それらによると、80%以上の濃度のエタノール(通常、エタノールは水溶液で使用されるので、このような表記になります)であれば、30秒間さらすだけで、少なく見積もっても1万、平均では100万個かそれ以上のSARSとMERSのウイルスを壊すことが出来ています。新型コロナウイルスはSARS以上の強さを持つと考えられますが、少なくとも、エタノールが効果がないということはありません。論文によれば、エタノールの濃度が95%の時が最も効果が高く、濃度を下げてしまうと効果は下がっていくようです。これらの結果は「30秒」での結果ですから、この時間を延ばせば、より多くのウイルスを壊すことが出来るでしょう。
 
 ドイツのグループによれば、新型コロナウイルスに対して最も効果的と考えられるのは「70%程度のエタノールと、0.5%の過酸化水素水、0.1%の次亜塩素酸ナトリウムの混合溶液が最も効果が高い」ということですが、中々このような溶液を準備するのは難しいと思います。ですので、少なくとも95%エタノールはかなり効果があると考えられるので、それを基準にして、過酸化水素水や次亜塩素酸ナトリウムが使えたら、エタノールと混ぜた溶液を出来る範囲で作製して使用すれば良いと思います。
 

②新型コロナウイルスの感染力

・新型コロナウイルスの感染力は強いのか?

 みなさんもおそらくご存じの通り、これまで多くの専門家(主に感染症などの分野の専門家)は、新型コロナウイルスの感染力はSARSやインフルエンザよりも弱く、致死率も格段に低く、むしろ通常の風邪と同じようなレベルだろうと言っています(2月24日現在)。それが本当であれば良いのですが、重要なのは「どのような証拠やデータに基づいてそのような結論を出しているのか」と言うことです。
 
 私は今回の連載(番外編)では、「新型コロナウイルスの構造」を基本において、それをSARSやMERSと比較し、「ウイルス自体の強さ(壊れにくさ)」「ウイルスの感染力」を推察しています。SARSやMERSについての情報は、これまでに発表された論文をメインにしつつ、論文にない情報は公のデータベースから取ってきています。場合によっては、データベースから得た複数のタンパク質のアミノ酸配列の情報を、その分野の専用のサイトのプログラムを使って、自分で比較を行っています。私はタンパク質の立体構造の解析技術と知識を持っているので、タンパク質のアミノ酸配列およびその変異を見て、「タンパク質の性質はどのように変わったのか」を考察出来ます。一方で、「感染率」「死亡率」などの数字を自分ではじき出すことは出来ないので、公の機関や論文で公表されている数字の中で、私の考察の結果に1番近いものをこの連載では引用しているわけです。
 
 少し話が逸れましたが、まず新型コロナウイルスの感染力に関しては、「少なくともSARSと同程度、おそらくそれ以上」と考えています。今新型コロナウイルスの論文は数時間ごとに発表されている状態で、かつそれらの論文における感染率や死亡率の数字も日々変わっている状態ですが、その数字は上がって行く一方です。最終的にはSARSや強毒性のインフルエンザウイルスと同じかそれをやや上回るかもしれないと考えています。
 
 その根拠ですが、ウイルスの感染力や毒性を決めるのは、基本的には「そのウイルスがどのようなタンパク質で出来ているか」です。上で書いたように、タンパク質はアミノ酸が1本の鎖としてつながって、それが特定の形を取って出来上がるものですから、過去の論文から、「どのようなアミノ酸配列がどの場所にあれば、そのウイルスは強毒かするか(あるいは弱毒化するか)」を推測することが出来ます。
 
 このような方法で新型コロナウイルスの毒性を私は考えました。コロナウイルスの感染力および毒性を決めるに当たって最も重要なスパイクタンパク質(既出ですので、再度その部分をお読み頂けると幸いです)と言うのがあるのですが、このタンパク質はその重要さゆえ、ワクチン開発や抗体医薬開発のターゲットとなっているタンパク質です。このタンパク質の、さらに重要な部分の配列を比べますと、新型コロナウイルス、MERS、強毒性のインフルエンザウイルスはこの配列が同じなのですが、弱毒性のインフルエンザウイルスとは全く違うのです(インフルエンザに限りませんが、同じウイルスであっても、強毒性のものや弱毒性のもの、またはその中間の毒性のものがあるので、一口に「インフルエンザは~」といった形で議論をするのはほぼ無意味です)。
 
 さらに2月20日付けで、この新型コロナウイルスのSタンパク質の立体構造の論文がアメリカのグループから発表されたのですが、それによりますと、新型コロナウイルスがヒトの細胞内に侵入する際に結合して足場とするタンパク質(これはSARSと同じものです)に対して、SARSよりも強く結合するというのです。また、SARSに対する抗体医薬(上でも出てきましたが、皆さんも知っている「抗体」に、いくつかの変異を入れたり、ある部分をそっくり入れ替えたりして薬剤にしたものです)はいくつか作られており、この抗体医薬は新型コロナウイルスにも効果があることは少し前に中国のグループも発表しています。しかし、両研究グループとも、新型コロナウイルスに対する効果は低いと述べており、新しい抗体医薬の開発が必須であると結論づけています。足場タンパク質に対して、新型コロナウイルスの方がSARSよりも強く結合するということは、単純に考えれば、新型コロナウイルスの方が感染力が強いということです。最も、これらはヒトや動物を用いた実験ではないので、感染条件がはるかに複雑になる屋外でのヒトへの感染にそのまま当てはまるとは言い切れませんが、ヒトの肺細胞に感染するのはヒトの体内に入った後ですから、「新型コロナウイルスはSARSよりも強い感染力を持っている」可能性はかなり高いと思います。
 

③重症者の数や死亡者数は最終的にどのくらいになるのか

・突然倒れた人々

 YouTube上では、武漢の病院内、または路上で、当然倒れたままピクリとも動かない人々の動画が拡散されています。この人たちの体の中では一体何が起きていたのでしょうか?
 
 このような症状を引き起こす病気として、致死性不整脈が知られています。致死性不整脈では、突然「バタッ!」と倒れて心肺停止になるようなケースが多く、かつこの原因としては、心筋炎、しかも「ウイルス性心筋炎」であるケースが非常に多いことが知られています。このようなウイルス性心筋炎を起こすウイルスとしては、コクサッキーウイルス、脳心筋炎ウイルスやアデノウイルスが挙げられます。アデノウイルスはDNAを遺伝子としてもつウイルスであり、一方、コクサッキーウイルスと脳心筋炎ウイルスは新型コロナウイルスと同じく一本鎖RNAで遺伝子が出来ていますが、両ウイルスともピコルナウイルス科に属するウイルスで、コロナウイルス科に属するヒトコロナウイルスとは性質が異なります。そして何より、現在までの論文報告などでは、ヒトコロナウイルスは肺炎と腸炎をヒトで引き起こしますが、心筋炎を起こすという報告はありません。重篤な症状を引き起こすウイルスが複数同時に感染することは珍しくはないので、こういった動画で撮影された方々は、新型コロナウイルスの感染によって肺炎や気管支炎の症状を引き起こす前に、心筋炎を起こすウイルスにも感染していた可能性が現時点では最も高いと思われます。
 

・「重症者」の病状はどうなのか?

 この原稿を書き始めたときは、各感染者の情報を記載していたのですが、ここ数日(2月24日時点)では、すでに「感染者が新たにどこどこで確認されました」という報道が毎日されている状況ですので、その部分は削除しました。しかし、当初の情報もそうでしたが、各報道で「感染者○名のうち、△名は重症」とは伝えられものの、具体的に「重症および重体の患者さんは、今どういう状態にあるのか?」ということは一切伝えられていません。実際はどのような状態にあるのでしょうか?日本国内における情報はほぼ皆無ですので、ここは海外からの情報を主に論文を基にして考えたいと思います。
 
 まず、コロナウイルス自体が肺炎および消化器の炎症(特に腸炎)を起こすウイルスですので、新型コロナウイルス感染によって重症肺炎を発症した患者さんが多いのは間違いないと思います。そこに重症の腸炎が加わっている可能性もありますし、これがさらに進んでしまうと、多臓器不全の一歩手前に進んでいる患者さんもいるかもしれません。最も苦しい思いをしているのはもちろん患者さんですが、その患者さんの治療に当たっている医療関係者の負担も相当なものだと思います。
 
 中国のグループは、論文で重症肺炎の発症を報告していますが(患者さんから採取した組織を載せており、間違いなく炎症が起きていることがわかります。異常な肺細胞の出現と増加に加え、ウイルスの凝集物が細胞に存在することも示されています)、その他、肝臓における肝脂肪症も示しており、これは新型コロナウイルスの感染か、もしくは薬剤による副作用によるものと記載しています(肝炎とは書いておらず、組織の写真からも肝炎の兆候は見られません)。一方で、心筋炎は、少なくともこの患者さんでは起きていないようです。 
 
 それ以外では、他のウイルスの多重感染によって、新型コロナウイルス以外のウイルスによって引き起こされた症状が悪化している可能性も十分考えられます。例えば、すでに述べたようなウイルス性心筋炎です。コクサッキーウイルスも同時に感染して入れば心筋炎の可能性は高まりますし、脳心筋炎ウイルスの感染も考えれば、脳で炎症が起きていることも考えられます。体力および免疫力が落ちた患者さんでは、このような重篤な症状を引き起こすウイルスやあるいは菌類の同時感染が十分に考えられるので、あらゆる臓器の傷害や機能不全が考えられるのですが、やはり最も考えられるのは重症肺炎だと思われます。重症肺炎に伴う重度の呼吸不全は死に直結するので、現在(2月24日)までに亡くなられた患者さんは、おそらく重症肺炎によるものだと思われます。
 

・若年齢者や子供の感染者の出現の意味は?

 連日マスコミでも報道されているとおり、新型コロナウイルスは若年齢者(未成年)への感染が日本でも確認されています。乳幼児や新生児の感染者は日本では出ていませんが、海外では出ていますので、注意しておく必要はあります。
 
 当初は、感染者に高齢者の方が多かったため、「免疫力の落ちている高齢者だから、新型コロナウイルスに感染したのだろう」という、年齢とともに免疫力も低下することを重視していましたが、若年齢者や子供の感染者、特に免疫力の高い若年齢者に感染者が相次いでいること、さらにその中から意識不明の重体に陥った方まで出てしまったことは、子供にはほとんど感染しなかったSARSや、感染者の多くが高齢者またはすでに何らかの病気にかかっている人であったMERSと比べて、新型コロナウイルスは明らかに違う性質をもっていることを意味し、同時に、すでに述べたとおり、「SARSやMERSよりも感染力が強い」ことを示唆していると思います。ですので、子供さんが咳や息苦しさなどの症状を訴えたときには、すぐに病院に連れて行く必要があると考えて下さい。
 

・妊娠中の方が感染した場合、赤ちゃんへの影響はあるのか?

 ここは、妊婦の方ご自身もそうですが、そのご主人も大変気がかりな部分だと思います。妊婦の方が感染するかどうかは、その方が感染者とどの程度接触したかという部分を除いて考えると、「免疫力の維持と、その妊婦さんの状態」に大きく依存します。
 
 アメリカのグループの報告によれば、武漢では妊婦の感染が確認されています。さらにその妊婦が産んだ新生児を、出産からわずか30時間後に感染を調べたところ、新型コロナウイルスに感染していたというのです。果たして「母親から胎児への感染」はあるのでしょうか?
 
 現状ではこれについてはほとんどの研究者・医師が否定的です。というのも出産は、ウイルス感染が起きうる状況下でしか出来ないからです。母親からの感染がまずあり得ますし、出産の際にはどうしても肛門のそばを通過せざるを得ませんから、肛門に存在するウイルスや菌の感染の確率は高いのです。
 
 胎児は母親の胎内では、胎盤内の血液を通して、母親から酸素や栄養分を受け取っています。そうなると、新型コロナウイルスが血液を介して胎児に感染しうるかですが、この新型ウイルスが血液中に入った場合、1分以内に壊されると考えられます。アデノウイルスというウイルスは皆さんもご存じだと思いますが、アデノウイルスは外殻が非常に強く、アルコール消毒では殺すことが(壊すことが)出来ません。次亜塩素酸を使う、もしくは一日中紫外線に当てなければ、遺伝子のRNAとタンパク質を壊すことが出来ないのです。新型コロナウイルスは、少なくともアルコール消毒によってある程度破壊できるのが分かっていますから、外殻はアデノウイルスより確実に弱いでしょう。
 
 それを考えると、母親から胎児への感染と言うことは、理論的にはあり得ないと考えられます。しかしこれは、言い換えると「新型コロナウイルスは新生児にも感染する」という事実を示しています。従って、母親が感染者の場合は、新生児を出来るだけ早く母親のいる部屋から移動させることが重要となるのは言うまでもありません。
 

・日本国内における感染者数や死亡者数はどこまで上がるのか

 これはいうまでもなく、非常に大きな問題です。いくつかの考え方があると思いますが、まず、1つの参考例として、SARSとMERSの時の感染者数と死亡者数を見てみましょう。
 
 SARS-CoV(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス、SARS)は、2002年に中国広東省で発生し、2002年11月から2003年7月の間に30を超える国や地域に拡大しました。2003年12月におけるのWHOの報告によれば、疑い例を含むSARS感染者は8,069人、死亡者数は775人で、死亡原因は「重症肺炎」となっています(感染者における死亡率は9.6%)。感染は、咳を含む飛沫感染を介して起こり、感染者の中には一人から十数人に感染を広げる「スーパースプレッダー」が見られたというのは記憶に新しいところです。医療従事者への感染も頻繁に見られていましたが、特徴的なのは、死亡者の多くは高齢者や、心臓病、糖尿病等の病気を元々持っていた人たちで、一方で子どもにおける感染例はほとんどありませんでした。
 
 MERS-CoV(中東呼吸器症候群コロナウイルス、MERS)の場合は、最初の感染者が、2012年にサウジアラビアで発見されました。世界27カ国で2,494人の感染者がWHOへ報告され(2019年11月30日時点)、そのうち858人が死亡しました(感染者における死亡率は34.4%)。MERSも、高齢者や基礎疾患をもつ人に感染した場合にのみ重症化したと結論づけられており、さらに15歳以下の感染者は全体の2%程度と、非常に少ないのもSARSと共通しています。感染の仕組みとしては、飛沫感染が最も重要だったとされており、また、MERSでも「スーパースプレッダーを介した感染拡大」が認められています。MERSでは2015年に韓国の病院で感染拡大が起きており、中東帰りの1人の感染者から186人へ伝播したとされています。
 
 SARSの感染者は8,069人、そのうち死亡者数は775人で、感染者における死亡率は9.6%。MERSでは2,494人の感染者がWHOへ報告され、感染者の中で死亡した人数は858人、感染者における死亡率は34.4%ということです。どちらも「感染者における死亡数」となっていますので、仮にこの数字をそのまま日本に当てはめるにしても、感染者数をまず見積もることがまず必要になります。
 
 ではどうやって感染者数を見積もるかですが、正直言って、今現在では不可能といわざるを得ません。例えば、WHOのグループとイギリスのグループが共同で発表した1月17日付けの論文では、いくつかのケースに分けて武漢における感染者数を見積もっているのですが、例えば、最も多い場合を想定した数字は2,298人とされていますが、これはあくまで平均値であって、可能性としては712人から5,341人まで考えられるというのです。
 
 潜伏期間も感染者がどれだけの数になるかを決める重要な要素ですが、オランダのグループの論文によれば、平均値こそ6.5日程度になりますが、実際に考えられる潜伏期間は、「短ければ1日、長ければ14日」なのです。さらに、この範囲に含まれるのは97.5%の人々であって、残りの2.5%は1日よりもっと短い可能性もあれば、14日よりもっと長い可能性もあるのです。
 
 これだけ数字にばらつきがある状態では、私なりの数字は現段階では計算出来ません。SARSとMERSの数字から計算を試みている研究もいるようですが、みなさんが知りたいのは、まず「どのくらいの確率で感染するのか?」でしょう。感染者における死亡率も怖いですが、その前に「感染することを避けたい」のが当たり前だと思います。
 
 現在、日本の各都道府県で感染者が確認されていますが、感染経路は不明であり、おそらくこれは分からないでしょう。多くの論文でも書かれていますが、新型コロナウイルスが飛沫感染するのは間違いありません。飛沫感染というのは、細菌やウイルスが、人が咳やくしゃみをしたときに口から細かい水滴が飛び散り、これを他の人が吸い込んでしまって感染することです。空気感染というのは、細菌やウイルスがむき出しになった状態で感染することです。空気感染のケースの方が、細菌やウイルスにくっついている水分がない分軽いので、多くの人に感染させることが出来ますが、その分菌やウイルスが壊れやすく、狭い空間でないと起きない感染と考えて良いと思います。飛沫感染の場合は、菌やウイルスが水分を持っているため早く落下してしまい、その分感染させる人数は減る傾向があると思われます。
 
 さらに問題なのは、「エアロゾル感染」が新型コロナウイルスで起きているかどうかです。といっても、エアロゾルの定義はかなり曖昧で、飛沫感染とほとんど同じような意味合いで使う研究者もいるのですが、少なくとも「気体中に浮遊している微小な液体または固体の粒子」ということは言えます。すなわち、ウイルスがむき出しではなくて、何らかの液体か固体とくっついている状態であって、その液体が水であれば、ほぼ飛沫感染と同じになりますが、「エアロゾル」となると、あらゆる液体、あらゆる固体、あるいはその両方とウイルスが一緒になって空中を浮遊している状態であるので、その状態が、ウイルスに大きな安定性をもたらすようなものであれば、エアロゾル感染が広がる範囲は何キロメートルにもなることがあり得ます。
 
 いくつかのグループが、「SARSとMERSにおいてエアロゾル感染は起きていたか」についての論文を出していますが、エアロゾルを完全に否定するような論文はなく、結論としては、「エアロゾルによる感染が最も主要な感染経路であるかどうかとは別に、常にそれが起きていることを、特に深刻な状況になっている場合には考えるべきであるとなっています。私自身も、新型コロナウイルスにおいてエアロゾル感染は起きていると考えておりますし、そう考えれば、感染者が出ている都道府県から非常に遠距離である地域において、少数または1人であっても、感染者が出ている現状を説明する理由の1つになります。仮に、エアロゾル感染が主要な感染ルートになっていた、またはこれからそうなるようなことがあれば、感染者は今以上の勢いで増えることが予想されます。ただ、エアロゾルはウイルス単体よりはるかに大きいので、エアロゾル感染の防御に当たっては、マスクが非常に効果的になるとも言えます。ですので、マスクをするのは十分に意味があると私は考えています。
 

④現時点で可能な治療法はどのようなものがあり得るのか

・抗マラリア薬クロロキンが新型コロナウイルスに効果がある?

 どのようなメカニズムなのかは分かりませんが、複数のグループから、「マラリアの治療薬であるクロロキンが、新型コロナウイルスによる肺炎を抑制および沈静化する」という論文が出ています。クロロキンは長い間抗マラリア薬として使われている歴史がありますので、これが本当に効果があれば大きい発見だと思いますが、まだ動物実験などはしておらず、試験管内で検討したレベルですので、まだ何とも言えません。
 

・タミフルの服用は、治療に効果があるのか

 抗HIV薬とタミフルの混合治療を行う予定があるという発表が政府からなされましたが、すでに抗HIV薬の投与はクルーズ船乗客の80代の日本人感染者に対して行われたようです(結果としては死亡)。その他にも「効果があった」と論文で発表されている既存薬(これまでにすでに使われている薬剤)があります。
 
 タミフルはインフルエンザの治療薬として皆さんご存じでしょうし、私も服用経験があります。服用した理由の1つはもちろん「実際に感染してしまった」からなのですが、一方で「予防目的」で服用していることも多いです。タミフルがインフルエンザの治療薬として機能するのは、ヒトの細胞の中で作られた新しいウイルスが、ヒト細胞から外へ出るのをブロックするからです。これによって、外からやってきたウイルスは、「感染することは出来ても、感染を広げることが出来ない」わけです。これによって感染細胞を最小限に抑え、発症を防ぐと同時に、自分が他の人にウイルスを感染させる可能性も下げることが出来るわけです。ですので、タミフルのみでの効果は未知数ですし個人差があるでしょうが、少なくとも感染(特に体内感染、体の中の感染細胞が増えていくこと)と発症の抑制だけでなく、予防にも効果があると思います。
 
 抗HIV薬については、すでに多くの種類があり、ここでの説明は割愛しますが、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)も新型コロナウイルスと同じく一本鎖RNAを遺伝子として持つウイルスであり、標的細胞は違うものの、細胞に侵入した後のウイルスの増幅機構はコロナウイルスと非常に似ています。どの種類を使うのかは分かりませんが、通常のエイズの治療にも、複数の抗HIV薬が組み合わせて使われるので、日本でも複数の抗HIV薬にタミフルを組み合わせた形で使われるのではないでしょうか?その他の治療薬を使うプランがすでにいくつかあるようなので、それらが高い治療効果を示すことを願うばかりです。
 

・予防法は何でもやった方が良い

 一部では(専門家も含めて)「マスクは意味がない」などの意見が出ていますよね。その理由としては、「マスクの編み目(およそ 0.3 μm)よりもウイルスの方が小さい(0.1 μm)から意味がない」と言うものですが、ウイルスは必ず編み目の間をとおるわけではありませんから、マスクを通り抜けるウイルスもあるけれども、マスクで防がれるウイルスもいるわけです。すでに書いたように、エアロゾル感染ならば、普通のマスクでほぼ防げるでしょう。そして、外を歩けば、着ている衣服や髪の毛にもウイルスは付着します。で、家に帰りますよね。ここで「玄関でコートを脱ぐか」「部屋までコートを着ていくか」でも差があります。玄関でコートを脱いだ方が家の中にウイルスがばらまかれる可能性は少なくなります。
 
 さらにうがい・手洗いですが、うがいをすれば、新型コロナウイルスだけでなく、他の菌やウイルスも、ある程度体から追い出すことが出来ます。手を石けんで洗えば、同じようにウイルスや他の菌までより効率的に落とすことが出来ますが、仮に石けんを着けなかったとしても、水で流しながら手をこするだけで、それなりの確率でウイルスや菌は落ちていくのです。こうやって、「ちょっとしか効果がないようなこと」でも、やる回数を増やしていけば、感染したり、感染しても重病化する可能性はぐっと減ります。そもそもウイルスが感染して発症に至るには、かなりたくさんの(何万個とか何十万個とか以上です)数のウイルスが体内に入ることが必要なので、上記のような努力によって、体内に入りうるウイルスの数を減らしていけば、確実に安全な域に近づいていけます。
 
 と言っても、神経がすり減るほどやる必要はありません。そこまでやって疲れ切ってしまえば、体力が落ちて逆に発症しやすくなります。「日常生活のリズムを大きく壊さない程度に、自分たちが出来ることをやる」。現段階で私たちが出来ることはここまでだと思いますが、それでも効果は十分に望めるのではないでしょうか。

Pocket
LINEで送る

林田 直樹(はやしだ なおき) 山口大学 大学院 医学系研究科 筑波大学附属高校卒業後、同年東京大学に入学。同大学院で博士号取得後、学術振興会特別研究員として金沢大学医学部で実験動物学・発生学、およびプリオンの研究を行う。特別研究員期間中に山口大学医学部(大学院医学研究科)の生化学第二教室助手に着任、講師昇格の後、2015年から自身のグループを持ち、真のアンチエイジングを目指した「老化学」研究を開始。アルツハイマー病等の神経難病の治療薬開発研究も進め、これまで2回特許申請を行っているほか、発表した論文は神経難病に関するものをはじめとして、がんや血管病、遺伝子発現やタンパク質の立体構造解析など複数の領域に渡っているが、全て老化に関わる内容となっている。日本基礎老化学会評議員。