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気象津波 ~気象現象によって発生する潮位副振動~【第2回】 日本国内での発生事例について

田中 健路(たなか けんじ) 広島工業大学 環境学部 地球環境学科

地震や海底地すべりなどによって発生する津波は、数分~2時間程度の周期を持ち、外洋では時速数100kmの速度で進み、沿岸に近づくにつれて波高が高くなり、甚大な被害をもたらす。これと類似した波が大気からの海面に加わる力によって発生し、気象津波と呼ばれている。 本記事では気象津波の発生・伝播のしくみを概説、国内外での発生事例の紹介を行い、現象解明や予知・早期警戒システムなどの最新の話題について述べる。

日本国内での発生事例について

 本連載の第1回目では、気象津波の基本的な性質について、高潮との違いなどに触れながら述べてきた。今回は、日本国内での発生事例についていくつか触れて紹介したい。
 

(1)1979年3月31日長崎湾での発生事例

 1979年3月31日、中国大陸上海上空付近からの上層の寒気の下降に伴い、突発的な気圧ジャンプが東シナ海上空を東進した。当時の長崎県女島での気圧観測では、20分間に5.8mb (1mb = 1hPa)の気圧の急上昇が見られ、長崎海洋気象台(当時)でも約3.0mbの上昇が観測された。この気圧ジャンプは時速約110km(秒速31m)で進んだと推定されており、長崎湾中部の松ヶ枝検潮所で最大全振幅278cmを記録し、検潮所で記録された潮位副振動としては国内最大の事例とされている。赤松(1982)の解析では、湾奥部では最大4.8mの全振幅に達したと推定されている。
 
 最大全振幅を記録した副振動は、満潮を過ぎた下げ潮の途中で観測されており、満潮時潮位を超えることはなかったため、長崎市街地での大規模な浸水被害には至らなかったが、三菱造船所のドックの損傷や漁船の大破1件、漂流4件の被害が発生した。五島列島福江では、死者1名、遭難救助者2名、床上床下浸水11戸、船舶転覆12隻の被害が発生した。
 

(2)2009年2月25日九州南部での発生事例

 東シナ海上で発生した低気圧の東進に伴い、2009年2月24日夜から九州西部で全振幅1mを超える潮位副振動が観測され始めた。低気圧後面の寒冷前線が九州南部に差し掛かった際に、前線北側の寒気側で前線の向きに平行に発達した気圧波が時速90~100kmの速度で東北東~北東方向に進んだ。気圧波の進行に沿って発生した気象津波が、2月25日の朝に鹿児島県上甑島浦内湾に到達し、24隻の漁船転覆や床上浸水、浦内湾内の漁港の堤防の損壊被害をもたらした。図-1の写真は、薩摩川内市甑島支所より当時提供していただいたものである(Tanaka, 2010)が、わずか10分余りで、2m以上も海面が昇降している様子が伺える。熊本県天草市崎津湾でも、道路冠水や床上浸水の被害が報告されている。

図-1
鹿児島県上甑島浦内湾で発生した気象津波による海面昇降の様子(薩摩川内市甑島支所提供)(Tanaka, 2010)

 

(3)2009年7月15日対馬海峡での発生事例

 梅雨前線の北側に位置する朝鮮半島からの大規模な冷気の吹き出しが発生し、西日本で7℃~10℃気温が急降下する現象が発生した。対馬周辺の海域は冷気流の西縁に位置し、東シナ海からの温暖湿潤な空気が前線に向かって流れ込んでいたことから、冷気と暖気の境界が停滞し、上空の大気が不安定な状態が継続。対馬の西側の鰐浦や佐須奈で漁港が浸水する被害が発生。気象庁の被害調査では周期約10分,最大2.6mの海面昇降が発生したと推定されている。
 

(4)2019年3月20日~21日の発生事例

 朝鮮半島上空を温帯低気圧が通過する際に、温暖前線側、寒冷前線側の双方で気圧波がし発生。3月20日には温暖前線が通過する直前に対馬海峡や島根県西部の山陰沿岸で副振動を観測、3月21日には、寒冷前線が南下した後の夕方以降に長崎をはじめ、鹿児島県枕崎や奄美大島で全振幅100cm以上の副振動を観測。
 
 長崎市内では、市中心部の銅座、大浦川下流の松ヶ枝、JR長崎駅~浦上駅の東側を走る国道206号線、浦上川河口から約2.0km右岸側の竹の久保町などで、地盤高+10cm~50cmの浸水が発生した。詳細な調査報告は田中(2020)に述べてあるが、海岸堤防を越えて直接的に浸水した箇所は、湾奥部の一部の区域に限られ、気象津波が河川を遡上し、支流を逆流し地盤高の低い河岸から越流したり、河川につながっている排水管を逆流し、道路の側溝から水が溢れたりした。
 

(5)九州地方以外での観測事例

 上述の4事例は、九州地方で浸水被害が報告された主要な事例であるが、九州以外でも浸水被害には至っていないが全振幅数10cmの副振動を観測した事例がある。例えば、2018年1月6日~8日にかけて発生した事例では,高知県室戸岬や土佐清水港で全振幅80~100cmの副振動を観測した。副振動の観測の時間帯で、全振幅2.0 hPa前後の気圧波が観測されている。
 
 他にも、東北地方において、宮城県仙台新港などで全振幅50cm前後の副振動が時々観測されている。東海地方の太平洋側から流れてきた下層の気流が中部地方の山岳によって強制上昇する際に、山岳波が発生。2.0~3.0hPa程度の海面気圧のゆらぎが山梨県から北関東上空を経由して福島県沖に到達し、この気圧波によって発生した気象津波が、東北沖の太平洋大陸棚斜面に沿って北上し、仙台湾へと波が伝播したと見られる。
 
 
 梅雨前線や秋雨前線による豪雨や台風による暴風雨と比べれば、人的被害などの被害規模が小さく、知る人ぞ知る現象として見られているだろう。しかし、海外の事例では、最大で6mを超える波高の事例が報告されている。次回は、世界各地で発生した事例を紹介する。
 
参考文献

赤松英雄:長崎港のセイシュ(あびき),気象研究所報告,第32巻,第2号,pp.95-115 (1982)
Tanaka, K.: Atmospheric pressure-wave bands around cold front resulted in a meteotsunami in the East China Sea on 25 February 2009, Natural Hazards and Earth System Sciences, vol 10, pp. 2599-2610 (2010)
田中健路(2020) 2019年3月21日に長崎市で発生した潮位副振動(あびき)による浸水被害について,自然災害科学,vol.38. No. 4, pp.433-447. (2020)
長崎海洋気象台:昭和54年3月29日から31日にかけて日本付近を発達しながら通過した低気圧に伴う大雨と異常潮(副振動)に関する異常気象速報,14p. (1979)
長崎海洋気象台:平成21年(2009年)7月15日に対馬市で発生した潮位の副振動に関する現地調査, 13p. (2009)

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田中 健路(たなか けんじ) 広島工業大学 環境学部 地球環境学科 1999年3月京都大学大学院理学研究科修士課程修了,2005年5月博士(理学)の学位取得(京都大学) 1999年4月熊本大学工学部助手,2010年9月広島工業大学環境学部准教授を経て、2019年10月より広島工業大学環境学部教授。気象予報士,防災士。 平成26年8月広島豪雨、平成30年7月豪雨など西日本で発生する気象現象に起因する災害に関する調査・研究に従事。気象津波に関する第1回国際会議(2019年5月開催)実行委員。