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第1回:内なるグローバル化と看護課題を考える

樋口まち子 国立看護大学校 教授

1980年代後半のベルリンの壁の崩壊に続くソビエト連邦の崩壊、さらに、中華人民共和国が市場経済を原理とする資本主義経済を大幅に取り入れることにより、人、モノ、カネの移動範囲が劇的に拡大し、グローバリゼーションという言葉が広く使われるようになった。さらに、21世紀に入るとインターネットの普及で地域社会や国家の枠組み、人のつながり方の液状化・流動化が進行している。他方、人類は地球規模で感染症の拡大や高齢化など、これまでに経験したことのない健康課題に直面している。そこで、グローバル化が看護に及ぼす影響と極東の島国日本の看護がこれまで蓄積してきた知識や経験を活かしつつ劇的に変化する看護ニーズにいかに応えていくのかを考えるシリーズ連載。

 
1980年後半まで日本の在留外国人は、オールドカマーと呼ばれる韓国・朝鮮出身者が大半を占めていたが、1990年代に入るとニューカマーと呼ばれる中国、フィリピン、ブラジル出身者が急増し、在留外国人のグローバル化が始まった。

 
近年では、来日から30年を経たニューカマーと呼ばれる人々の定住化が進む一方、ベトナム、タイ、ネパール、インドネシア、インドなど新たな国々からの出身者が急増している。在留外国人の定住化は、疾病構造にも影響を与え、従来の感染症や労働災害による負傷に加えて生活習慣病や精神疾患が在留外国人の新たな健康問題となっている。

 
感染症の中でも結核の罹患率は、日本全体では減少しているが、在留外国人の若年層で増加している。結核は、早期診断と適切な服薬で完治するが、自覚症状が少ないために受診の遅れや服薬中断が起こりやすい。病院と地域保健分野の連携の強化による包括的な支援が求められており、地域保健の前線で活動する保健師が果たす役割は大きい。

 
また、在留外国人の高齢化が進み、2016年現在、65歳以上の在留外国人は14万人に達している。その中には韓国・朝鮮出身者に加えて中国残留孤児の日本帰国者や1980年代後半から来日したニューカマーと呼ばれる人々も含まれる。彼らは、日常会話(生活言語)は習得できているが、専門言語が不十分のまま、年齢を重ねてきているので、介護制度の周知、介護の場における通訳(介護通訳)を必要とする。高齢になると、幼い時に培った習慣・慣習をとりいれた生活を望むようになるので、文化の尊重や理解、さらには経済的支援を含む支援体制の拡充を図るとともに、制度と高齢者との橋渡しをすることが看護職に求められている。

 
近年、来日する在日外国人は生産年齢人口(15歳以上65歳未満)に集中しており、年々減少している日本の新生児数は2016年には100万人を割り約98万人にとどまっている中、少なくとも父母の1人が外国人である新生児の数は、1995年の23,734人から2016年には35,000人に増加し、日本の出生率減少の歯止めに寄与している。人間の命が始まる妊娠・出産・育児や人生の終末期のあり方には世代を超えて育んできた文化や人生観が大きく影響する。日本で、妊娠出産を経験している外国籍の女性たちは、妊娠や出産時には体調の回復や母乳分泌促進のために、母国でも良いとされている食物を意識的に摂取していることが明らかになっている。離乳食は両親の食文化と密接に関連しているため、日本で生活する外国人母親がつくる離乳食は多様性に富んでおり、母親の文化を尊重し、食べ物の嗜好と禁忌など食習慣に配慮して栄養指導を行うことが望まれている。

 
また、急速に高齢社会となった日本では、労働力の確保が大きな課題となっている。政府は、2025年までに製造、造船、介護、農業、宿泊の5分野で50万人の外国人労働者が必要になると予測し、2018年6月に在留ビザを5年から10年に延長する方針を発表している。特にこれらの分野の労働力の多くは、外国人技能実習生の不法就労で賄われていたが、技能実習生の労働死者数が日本人に比較して多いことなどの実態が明らかになり、国内外からの批判とともに数の上で立ちいかなくなってきている。しかし、この新たな方針は、1980年代のバブル経済の労働力を補完するために南米の日本人移民に日本の在留ビザを与えたことの延長にすぎず、現状に即した内容になっていないことから新たな問題が起こることは火を見るより明らかである。

 
2018年1月現在、外国人は249万7,656人となり、前年より17万4,228人増加している。時期によって労働者数が大きく変動する造船業の影響が大きい長崎を除き、46都道府県で増えている。外国人の多くは生産年齢であることから、すでに全国規模で在日外国人の労働力が浸透しつつある。また、日本の在日外国人の出身国は190カ国を超えており、年々多様になっている。外国人保健福祉の政策整備に関わることはもとより、健康面での適切な看護支援を行うために、社会文化的要因や慣習をきめ細かに理解していくことが看護職に求められている。グローバル化の進展で人が、「モノとカネ」を前提にした生き方を強いられ、関係性が液状化して分断されている。分断された個々は、資本主義的生産性の価値基準で人間の価値が決められ、もともと生産過程にはいないか、ひとたび生産過程から外れた人はその存在価値までも失ってしまう。子供、妊産婦、高齢者、障害者、医療を施すことができなくなった健康問題を抱えた人々、マイノリティの立場を強いられた人々が人間として人生を全うするための支えになることが真骨頂である看護への期待は高まりつつある。看護職者は看護活動を通して存在意義を見失っている人々に尊厳を取り戻す支えになることができる。看護ケア(Care)は、「I care about you」 というように「あなたのことが気になる」、「あなたの存在を感じる」ということがその本質にある。多文化共生社会が目指すものは、人間性の共有でなければならない。自分の文化と異なるものと共存しつつ、新たなものをともに作り出していく過程でもある。目の前のケアを必要としている人が辿ってきた歴史を含めて存在そのものを受け入れつつ、基本的人権の一つである健康を保障するために、出自が異なるいかなる人々にも質の高い看護を提供できるのか、今、日本の看護職の真価が試されている。

 
 
 
 

引用文献・参考文献


◆Kumsun Lee, Naomi Kitano, Shinobu Tawara, Yukako Sugano, Lourdes R. Herrera C. Setsuko Lee (2018) User of in-home services of the Public Long-term Care insurance system by elderly foreign residents in Osaka city: care managers’ perception,
Journal of International Health vol.33. No.1 11-15
◆樋口まち子(2006) 伝統的医療行動の医療人類学的研究-文化背景の異なるコミュニティの比較研究- 国際保健医療 Vol.21 No.1 33-41
◆総務省人口調査(2018)
◆法務省報道資料(2018)

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樋口まち子 国立看護大学校 教授 経済学部と看護短期大学を卒業。タイの国立マヒドン大学で修士号(プライマリヘルスケア管理学)、スリランカのコロンボ大学で博士号(医療人類学)を取得。スリランカで青年海外協力隊、在スリランカ日本大使館専門調査員やJICAの専門家としてスリランカをはじめとするアジア諸国で10年あまりの国際協力事業に携わった後、岡山大学医学部講師・助教授、ミシガン大学ヘルスプロモーション研究センターで文部科学省在外研究員、静岡県立大学看護学部教授を経て、07年より現職。