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消費者の価格の捉え方を理解する【第3回】消費者の店舗価格イメージはどのように形成されるのか

白井 美由里(しらい みゆり) 慶應義塾大学商学部 教授

消費者行動研究は、マーケティング研究の一分野で、主に消費者の製品やサービスの購買に至るまでの心理的なプロセスを解明しています。消費者の購買意思決定に影響を与える要因は様々ですが、中でも「価格」は、どの製品やサービスにも共通して重視される要因です。したがって、消費者行動を理解するためには、消費者の価格の捉え方を理解することが重要といえます。そこで本連載では、消費者が価格をどう捉えているのかを情報処理の観点から解説します。

第3回:消費者の店舗価格イメージはどのように形成されるのか

 第1回と第2回は商品の価格を対象にしましたが、第3回では、消費者が特定の店舗に対して持つ価格イメージに焦点を当てます。店舗価格イメージは、店舗の全体的な価格水準についての消費者の信念で、「あの店は高い、安い」といった表現が使われます(Hamilton and Chernev 2013)。これも、消費者の記憶(長期記憶)に保持されている価格知識の一つになります。
 
 消費者の店舗価格イメージの形成に影響を与える要因は多数あります。それらはまず、店舗要因と消費者要因の2タイプに大別されます(Hamilton and Chernev 2013)。店舗要因はさらに、価格に関連する要因と関連しない要因に分けられます。前者の価格関連要因には、その店舗の平均価格、価格政策、値引きの仕方、最低価格保証の有無などが含まれます。店舗の平均価格は、消費者が複数の商品の価格を他店と比較した結果で、「他の店よりも高い、安い」といった評価です。消費者が店内の全ての商品価格を把握することは不可能であり価格も変動するので、これは消費者が注意を向けたいくつかの商品価格をベースに決められます。
  
 価格政策は、あらゆる商品に低価格を設定するエブリデーロープライス(毎日が低価格)と一部の商品に一時的な値引きを設定するハイ&ローの2タイプあります。どちらがより低い価格イメージを形成するかは一概には言えません。第2回の記事で、消費者は価格が高いか低いかの判断を、記憶から想起した基準価格(内的参照価格)との比較から行うことを説明しましたが、この判断は店舗価格イメージに影響します。エブリデーロープライスの場合、最初は低価格イメージを形成できるかもしれませんが、もしも消費者が低価格に慣れて多くの商品の内的参照価格を下げると、強い割安感の発生頻度が減少するので、低価格イメージも弱まります。これに対し、ハイ&ローで時々大きい値引きを提供する場合には、内的参照価格は下がりにくいので、値引き価格への割安感は強くなり、これによって低価格イメージが強化される可能性があります。ただし、これも値引きの設定の仕方によって変わります。
 
 価格と関連しない要因には、店舗の外観、立地、大きさ、駐車場の大きさ、雰囲気、アメニティ、BGM、サービス(店員の数や接客の質、営業時間)、取り扱っている製品カテゴリーの数、カテゴリー内のブランド数などが含まれます。また、消費者要因には、価格感度、価格の情報処理の仕方、価格知識、時間的制約などがあります。これらの要因の影響を受けて形成された店舗価格イメージは記憶され、将来の買物における店舗選択、購入数量決定、購入延期などで使われます。
 
 ところで、記憶された店舗価格イメージは、想起の段階で変わる可能性があります。店舗価格イメージを思い出すときに、同時に思い出される商品が鍵となります。オフィルらは、消費者が店舗で過去に観察した商品価格をスムーズに思い出せるかどうかが影響することを分析しています(Ofir et al. 2008)。調査は、あるスーパーマーケットに買物に来た顧客を対象に行われました。入店前に、その店舗で過去に売られていた低価格品、あるいは高価格品のどちらかを2個、または5個思い出してもらい、続いてその店の価格イメージを評価してもらいました。その結果、店舗価格イメージは、低価格品を想起してもらった場合には5個よりも2個を想起した方が低く、高価格品を想起してもらった場合には5個よりも2個を想起した方が高くなりました。
 
 利用したことのあるスーパーマーケットとはいえ、過去に目にした低価格品や高価格品を5個も想起するのは容易ではありません。しかし、2個ならば比較的簡単に想起できるので、店舗価格イメージへの影響が大きくなるのです。例えば、低価格品の想起では、具体的な低価格品をスムーズに想起できればその店には低価格品が売られていると感じ、できなければその店には低価格品があまり売られていないと感じるのです。オフィルらは、この現象がその店舗での買物経験に関係なく生じることも確認しています。オフィルらは他に、低価格品の想起から生じる店舗価格イメージを、店舗の価格知識が高い顧客と低い顧客で比較する調査を行っており、価格知識の高い顧客のイメージは、2個よりも5個を想起した方が低くなることを明らかにしています。価格知識のある顧客は、想起した数の多さから決定することが示されています。
 
 つまり、店舗価格イメージは、必要な数の具体的な低価格品がすぐに頭に浮かべば低くなり、必要な数の具体的な高価格品がすぐに頭に浮かべば高くなるのです。ちなみに、このような情報の想起しやすさによる判断は「利用可能性ヒューリスティック」、想起した情報の数による判断は「多数性ヒューリスティック」といいます(Tversky and Kahneman 1973, Pelham, et al. 1994)。この調査に参加した顧客は、その店舗を過去にも利用していることから、何らかの店舗価格イメージを形成していると思われますが、それでも想起の仕方によってイメージは変化することが示されています。
 
 消費者の個々の商品に対する価格知識(顕在記憶)は、印象的でなければ形成されにくいことを第1回の記事で説明しましたが、消費者はいくつかの商品の価格に関しては高い知識をもっていることが分かっています。これらは「サインポスト品」と呼ばれ、食料品では、パン、牛乳、コーラなどが例としてあげられます(Anderson and Simester 2009)。こうした商品に消費者の印象に強く残るような価格が提供されると顕在記憶が作られやすくなり、しかもそれらは想起されやすいので、低い店舗価格イメージの形成と維持につながると考えられます。
 
 
参考文献
Anderson, E. T. and Simester, D. I. (2009), “Price cues and customer price knowledge,” In Vithala Rao (Ed.), Handbook of Pricing Research in Marketing, (pp. 150-168). Northampton, MA: Edward Elgar Publishing.
Hamilton, R. and Chernev, A. (2013), “Low prices are just the beginning: Price image in retail management,” Journal of Marketing, 77 (6), 1-20.
Ofir, C., Raghubir, P., Brosh, G., Monroe, K. B. and Heiman, A. (2008), “Memory-based store price judgments: The role of knowledge and shopping experience,” Journal of Retailing, 84 (4), 414- 423.
Pelham, B. W., Sumarta, T. T. and Myaskovskym L. (1994), “The easy path from many to much: The numerosity heuristic,” Cognitive Psychology, 26 (2), 103-133.
Tversky, A. and Kahneman, D. (1973), “Availability: A heuristic for judging frequency and probability,” Cognitive Psychology, 5 (2), 207-232.

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白井 美由里(しらい みゆり) 慶應義塾大学商学部 教授 慶應義塾大学商学部 教授。博士(経済学) 1987年カリフォルニア大学サンタクルーズ校卒業(コンピュータサイエンス、応用数学専攻)。1993年明治大学大学院経営学研究科博士前期課程修了。1998年東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。ペンシルバニア大学ウォートンスクール、デューク大学フークアビジネススクール留学。横浜国立大学大学院国際社会科学研究科教授を経て、2015年より現職。
ホームページ:http://miyurishirai.my.coocan.jp/